ノンテクニカルサマリー

資本フローの避難を凌ぐ:日本の輸送機械製造業におけるエビデンス

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

リスク回避的な動きが強まった時、投資家はスイスフランや日本円のような避難通貨へ資金を向ける。その結果起こる通貨高は、もし輸出業者が競争力を保つために自国通貨建ての輸出価格を引き下げなければならない場合、企業利益を圧迫しかねない。また、輸出量を減らす可能性もある。避難通貨を持つ国の企業はいかにして大きな通貨高をしのぐことができるのだろうか。

差別化された製品の製造が助けになるだろう。為替レートが増価すると、コモディティ化した製品のメーカーは激しい価格競争にさらされ、自国通貨建て輸出価格を大幅に切り下げて利益率を圧縮せざるを得ない可能性がある。差別化された製品のメーカーは通貨高の際に自国通貨建て価格の下げ幅を小さくできるだけではなく、為替レートの減価時にこの価格をより高く上げることもできるだろう。

Ito、Koibuchi、Sato、Shimizu (2018)は、製品がどのように差別化されているのかを測る方法に焦点を当てた。同質の商品とは違い、差別化された製品を輸出している企業や世界市場で優位に立つ企業は、自国通貨建てで輸出する傾向にあることが示された。

日本の輸送機械製造業を調査すると、この測定方法について理解できる。極端な例の1つが乗用車で、2000年から2015年までの期間の輸出で円建てはわずか8%にすぎない。Nguyen、Sato (2019)は、自動車はコモディティ化したと述べている。もう1つの極端な例は自転車部品で、輸出量の91%が円建てである。Lewis、Morizono (2016)は、日本の株式会社シマノが世界の自転車用ブレーキおよびギアの供給のうち75%を製造していることを報告している。

図1aは日本の乗用車の円建て輸出価格と円建てコストとの関係を示しており、図1bは日本の自転車部品での同関係を示している。図1aは、2007年6月に円高が始まってから、自動車の円建て輸出価格が円建てコスト(自動車の生産者物価指数で表している)に対して低下しており、対数であることから40%の低下であることを示している。一方、図1bは、2007年6月から2012年9月までの円高の期間、自転車部品の円建て輸出価格は円建てコスト(自転車部品の生産者物価指数で表している)に対してほとんど変化していないことを示している。

自動車産業では円建て輸出価格が円建てコストに対してこれほど大きく下落した一方で、自転車部品産業ではそうならなかったという事実は、2007年6月から2012年9月までの円高の期間に、自動車産業の収益性が自転車部品産業よりも大きなダメージを受けたことを示唆している。株価は将来のキャッシュフローの現在価値の期待値に等しいので、収益性の指標の1つを提供する。図2は日本の自動車セクターと株式会社シマノの株価を表している。自動車メーカーの株価は円高期間に90%程度下落し、2012年9月に円安になったとき、ようやく回復し始めたことが同図からわかる。一方、シマノの株価は円高期間中30%程度上昇した。

本稿では、日本の輸送機械製造業の円建ての輸出(ここで円建ての輸出は、製品の差別化がより行われているか、あるいは、世界市場でより大きなシェアを占めているかを示す)が為替レートの変化の影響を受けにくいのかどうかを検討した。すべての産業ではなく輸送機械製造業に焦点を当てることで、特定の商品を製造するのに必要な技能やノウハウといった価格決定に影響を与えかねない他の側面の変動を少なくした。本稿は、円建てで輸出される財の方が長期的な為替レートの転嫁が大きいかどうか(そして長期的な市場別価格設定(PTM)が小さいかどうか)を調査した。その結果、企業が円建てとすればするほど、国外価格への為替レート増価の転嫁も大きくなることが示された。このことは、差別化された製品を製造する企業、もしくは市場の占有率がより高い企業は、円高に際してより利幅を確保できることを示唆している。

次に本稿では、輸送機械製造業の輸出の弾性値を調査した。自動車部品やオートバイといった円高の大部分を転嫁しているセクターは、為替レートに対する輸出の弾性値も低い。こうしたセクターの輸出が為替レートの影響を受けにくいという結果は、こうした財を製造している企業は、為替レートの増価に際して、外貨建て価格をより自由に引き上げやすいということを示唆している。

最後に本稿は、輸送機械製造業における日本株の為替レートへのエクスポージャーについて調査した。株価は将来のキャッシュフローの期待現在価値であるので、収益性を反映するはずである。その結果として、商用車、トラック、自転車部品のメーカーのように自国通貨の為替レートの変化を輸出価格により大きく転嫁している企業は、市場別価格設定を行っている企業よりも、為替レートの変化の影響を受ける程度がより少ないことがわかった。

日本やスイスのような国は、自国通貨を弱く保つことで、自国の産業を通貨高から守ろうとすることができる。しかし、世界経済において外生的なリスク源が発生し、避難を求める資本流入が起これば、通貨高を招く可能性もある。こうした国々は、自国通貨が弱まるリスク選好の期間に、企業が知識集約的な差別化された製品を開発できるよう、技術的改善を促す研究開発政策を行うべきである。また、新規企業も育成するべきである。さらには、労働者が変動しやすい為替レートから生じる困難に立ち向かうためにイノベーションを行うことができるよう、人的資本にも投資を行うべきである。

図1a:日本の乗用車の円建て輸出価格、円建てコスト、および為替レートの関係
図1a:日本の乗用車の円建て輸出価格、円建てコスト、および為替レートの関係
出典:日本銀行、および Federal Reserve Bank of St. Louis FRED のデータベース
注: 円建てコストは乗用車の生産者物価指数で表している
図1b:日本の自転車部品の 円建て輸出価格、円建てコスト、および為替レートの関係
図1b:日本の自転車部品の 円建て輸出価格、円建てコスト、および為替レートの関係
出典:日本銀行、および Federal Reserve Bank of St. Louis FRED のデータベース
注: 円建てコストは自転車部品の生産者物価指数で表している
図2:日本の自動車メーカーと株式会社シマノの株価
図2:日本の自動車メーカーと株式会社シマノの株価
出典:Datastreamのデータベース
注: 株式会社シマノは自転車部品のトップメーカー
参考文献
  • Ito, T., Koibuchi, S., Sato, K., & Shimizu, J. (2018). Managing currency risk. Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.
  • Lewis, L., & Morizono, Y. (2016). Japan’s hidden treasure companies fear for their security. Financial Times, 12 January.
  • Nguyen, T., & Sato, K. (2019). Firm predicted exchange rates and nonlinearities in pricing-to-market. Journal of the Japanese and International Economies, 53, 1-16.