ノンテクニカルサマリー

移民がもたらす利益・不利益情報が移民に対する態度に与える影響

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人々の政治行動に関する実証研究ー経済産業面での政策的課題に対するエビデンスベースの処方箋の提示を目指して」プロジェクト

移民に関する既存研究においては、経済的、文化的、安全保障上の脅威に対する懸念が、人々を反移民的な態度に導くことが強調されてきた。その一方で、移民はこれらの面で受入れ国の社会に利益をもたらす可能性があるにも関わらず、それら移民のポジティブな側面が移民に対する人々の態度に及ぼす影響についてはほとんど解明されていない。移民がもたらす潜在的な脅威と利益に関する情報が、それぞれ人々の移民に対する態度に与える影響と効果を比較検証するために、本研究では米国の有権者を対象とするサーベイ実験を行った。

既存研究からは、移民がもたらす潜在的な脅威と利益に関する情報が、それぞれ人々の移民に対する態度にどのような影響を与えるのかについて、次の2つの仮説が導き出される。

仮説1:移民に対する人々の態度に与える脅威情報の影響は、利益情報の影響よりも大きい。
仮説2:脅威と利益情報は、特に脅威に対する脆弱性と感度が高い人々の間でより大きい影響力を持つ。

まず、Kahneman and Tversky(1979)によると、人々は「リスク回避」傾向があり、人々は同等の利益を得ることよりもリスクを避けることを好む。たとえ五分五分のチャンスがあっても、人は利益よりも損失を重視する傾向がある。その理由の1つは、人々が、利益を得た経験よりも、利益を失った過去の経験を思い出すからかもしれない。移民がもたらす脅威は人々にとって大きなリスク要因であるため、リスク回避理論によれば、人々は、移民がもたらす利益に関する肯定的な情報よりも、脅威に関する否定的な情報により強く反応する可能性が高い。

次に、脅威が態度に及ぼす影響は、人々が有するリソースの量と脅威に対する脆弱性によって異なると考えられてきた。例えば、社会経済的に不利な立場にある者は、そうでない者よりも、経済的脅威に対してより反応的で敏感である(Quillian,1995など)。同様に、文化、安全保障、福祉の脅威は、人々がそれらの問題を非常に懸念している場合(itzgerald, Curtis, & Corliss, 2012; Hjerm & Nagayoshi, 2016; Tir & Singh, 2015)、移民に対する態度により大きな影響を与える傾向がある。それらの指標としてよく用いられるのは、人種、党派、社会経済的地位、居住地域などである。正確に言えば、白人、共和党員、教育水準の低い人、移民の割合が高い州に住む人は、移民の影響により敏感であるとされている(Ceobanu & Escandell, 2010; Hopking, 2010; Quillian, 1995; Tir & Singh, 2015)。

本研究では、3,153人のアメリカ人有権者を対象にインターネットによるサーベイ実験を行い、これらの仮説を検証した。実験では、経済・福祉・文化・治安といった4つの分野において、それぞれ移民の影響をポジティブあるいはネガティブに描いた短い記事を用意し、8種類の記事のうち、無作為に選んだ被験者に、いずれか1つの記事を提示するか、あるいは何も記事を提示せず、移民に対する態度について、次のような質問を行った(「あなたは、米国はより多くの移民を迎え入れることに賛成ですか、反対ですか?」)。なお、この質問に対する回答は、「強く賛成する」から「強く反対する」までの5段階で記録した。

記事を何も見なかった場合に比べて、移民に関する何らかの記事を見た場合の効果について、その分析結果は図1に示す通りである。移民をポジティブに描いた記事を目にした被験者は、4つの分野をまたがって一貫して移民受け入れに対してより積極的な姿勢を示している。一方、興味深いことに、移民をネガティブに描いた記事を目にした被験者に関しては、何も記事を見せられなかった被験者と比べて、移民受け入れに関して何ら異なる態度を示していない。つまり、移民についてのネガティブな情報は、移民に対する態度に何ら影響を及ぼさないということを示唆している。これらの結果は、被験者の個人的属性や党派性をコントロールしても変わらない。したがって、実験結果からは、われわれの仮説1は支持されなかった。

図1:移民に関するポジティブ・ネガティブ情報が移民受け入れの態度に与える影響
図1:移民に関するポジティブ・ネガティブ情報が移民受け入れの態度に与える影響

図の中の点は、移民に関するポジティブあるいはネガティブな情報が、移民受け入れに対する態度に与える影響を推計した値を示している。横棒は、95%信頼区間を示す。数値が小さいほど、移民受け入れにより積極的な態度を示す。

これを踏まえて次に、人種や党派性、教育水準、移民との接触度合い(居住地域における移民の割合から計測)によって、移民に関するポジティブ・ネガティブ情報の影響がどう異なるかを検証する。それを示した図2の結果によれば、移民に関するポジティブ・ネガティブ情報が移民受け入れに対する態度に与える影響は、回答者の人種や党派性、教育水準、移民との接触度合いのいずれによっても変化せず、一律に見られることが示されている。したがって、仮説1の場合と同様に、実験結果からは、仮説2は支持されなかった。

図2:移民情報の態度への影響に回答者属性が与える効果
図2:移民情報の態度への影響に回答者属性が与える効果

以上のように、本サーベイ実験ではいずれの仮説も支持されなかった。このことは、なぜ移民を脅威としてネガティブに描いた情報が移民受け入れに対する態度に影響を持たなかったのか、そしてなぜ移民をポジティブに描いた情報の方がネガティブに描いた情報よりも大きな影響力を持ったのかという、2つの謎を残している。このパズルに対する一つの答えは、われわれの実験の失敗であるかもしれない(例えば、私たちのプライミング刺激が弱すぎた)。もう1つの答えは、移民を脅威ととらえる情報がすでに多くの米国人にとって既知の情報であるということかもしれない。Zallerの片側情報フローモデル(1992)によると、人が態度を変える程度は、情報の強度と親しみやすさに依存し、既知の情報にさらされても、人々の態度を変えることはできない。移民のポジティブな影響を描く(利益)情報は、多くの回答者にとって新しい情報であり、回答者の態度を変えるほど高い強度を持っていたのかもしれない。実際にEUの政治的な文脈では、Goodwin、Hix、Pickup(2018)によれば、新しい情報(親EU)のほうが古い情報(反EU)よりもBrexitに対する人々の態度に大きな影響を与えることを示している。メディアは移民がもたらす脅威を、彼らのプラスの影響(Farris&Silber Mohamed,2018)よりも頻繁に強調する傾向があるため、人々にとって移民をポジティブに捉える情報が新鮮に映った可能性がある。いずれにせよ、何が移民受け入れに対する人々の態度に影響をもたらすのかについて理解するためには、さらなる研究が必要である。