ノンテクニカルサマリー

日本の通勤圏

執筆者 足立 大輔 (イェール大学)/深井 太洋 (東京大学)/川口 大司 (東京大学、IZA)/齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル」プロジェクト

実証経済学の幅広い分野において、分析の単位として地理的単位が使用されている。地理的単位を用いて、地域間の違いに着目し、背後にある経済のメカニズムを解明することが目的である。例えば、米国におけるチャイナ・ショックの分析では、中国からの輸入品との競争による米国での雇用への影響を知るため、中国からの輸入が増えた産業(繊維・軽工業品など)での雇用シェアが高い米国の地域において、他の地域に比べて雇用が減少したかどうかを分析する(Autor, Dorn, and Hanson, 2013)。この際、分析の単位として、どのような地理的単位を選ぶのか、適切な地理的単位の選択は重要である。

日本の研究では地理的単位として市区町村や都道府県などの行政単位の分析の単位として選択される場合が多い。行政単位で多くのデータが整備されているため、実証分析に当たり簡便な分析単位であるが、必ずしも経済活動を捉える地理的な単位であるとは限らない。例えば、労働市場への影響を考える場合、行政単位である市区町村を超えた通勤が多ければ(注1)、市区町村より広い単位での分析が必要であろう。また、都道府県による行政単位では、異なる労働市場への影響を混在して測定し、興味のある値とは異なるものを推定するおそれがある。さらに、地域の雇用政策を考えるにあたり、税制の優遇措置などによる企業の誘致を市区町村の単位で行った場合、近隣の市区町村から通勤する労働者がメリットを享受し、政策効果は他の地域へ流出してしまう可能性がある。雇用政策を考えるうえで、より広域な連携が必要になると言えよう。

このような地域的単位の問題に対処するため、われわれは通勤圏(Commuting Zone, CZ)による地域的単位を作成した。具体的には、異なる市区町村の間で通勤する労働者が多い場合、それらの市区町村を同じ通勤圏として定義することにより、労働者が同じ通勤圏内に通勤する労働市場を形成するような地域の単位を形成する。米国においては、既に通勤圏を地理的単位とした多くの分析がなされている(例えば、Autor, Dorn, and Hanson 2013; Chetty, Hendren, Kline, and Saez 2014, Acemoglu and Restrepo 2017)。我々は、これらの研究で用いられたTolbert and Sizer(1996)による通勤圏の作成方法(注2)を適用する。用いるデータは1980年から2015年までの国勢調査の個票データであり、市区町村間の通勤パターンを捉えることが可能である。本研究は日本の通勤圏を作成する初めての試みである(注3)。米国の人口の半分が1/26の広さの地域に住んでいる日本では、市区町村の行政単位を越えた通勤の比率が高いため、米国よりも日本で重要になる可能性がある。

図1はわれわれの作成した2015年の通勤圏を地図上に示している。全国の1,736の市区町村から265の通勤圏が構築された。このように作成された通勤圏では、同じ地域内で通勤する労働者の割合が高くなる。その割合は市区町村では62%であるのに対して、通勤圏では87%であり、都道府県では91%である。

さらに、1,736の市区町村、265の通勤圏、47の都道府県に対して、地域ごとに同じ地域内に通勤する割合を計算し、地域の分布を示したのが図2である。横軸の0.9-1.0は9割以上の労働者が地域内に通勤する地域の割合であり、そのような市区町村は1割もないが、都道府県では9割、通勤圏では8割弱の地域となることが分かる。通勤圏は都道府県より非常に小さな地域の単位であるが、多くの地域で地域内に通勤する割合が高いことが分かる。一方、地域内に通勤する割合が7割以下(0.0-1.0から0.6-0.7までの総和)の地域は、通勤圏、都道府県ではほぼないが、市区町村の5割の地域となっており、市区町村のような地理的単位では労働市場を捉えるのに適さないことが分かる。

最後に、本研究で作成した通勤圏が労働市場の異質性を捉える地理的単位をして有効なのか、分散分析の結果を示した。労働市場の性質を表す変数として就業率や賃金などの個人のばらつきについて、個人の属性をコントロールした上で、地域内のばらつきと地域間のばらつきに分解することが可能である。具体的には、就業構造基本調査の個票データを用いて、地域のダミー変数をコントロールすると残差の分散がどの程度小さくなるかを測定した。分析の結果、就業率や賃金のばらつきの多くが通勤圏のダミー変数によって説明されることが確認された。すなわち、労働市場は異なる通勤圏間で異質であり、同じ通勤圏内で同質であり、労働市場の異質性を捉える地理的単位をして有効であることを意味している。

通勤圏は市区町村の集合であり、市区町村の行政単位データが整備されているため、通勤圏レベルのデータも容易に作成することが出来る。労働市場の性質を的確に捉え、通勤圏レベルの学術研究が進むこと、政策立案に生かされることをわれわれは望んでおり、本研究で作成した1980年から2015年までの通勤圏のデータを広く公開する(注4)。
https://github.com/daisukeadachi/commuting_zone_japan

図1:2015年の通勤圏
図1:2015年の通勤圏
図2:域内通勤の割合の分布
図2:域内通勤の割合の分布
脚注
  1. ^ 2005年の国勢調査によると同じ地区町村に通勤するのは6割程度である。
  2. ^ Tolbert and Sizer (1996) による通勤圏作成方法は、機械学習における標準的手法であるクラスタリング法Hierarchical agglomerative clustering (HAC) に基づき、市区町村間の通勤の程度によりsimilarity measureを定義し、similarityの高い市区町村から順に塊を構築していくアルゴリズムである。
  3. ^ 日本において通勤圏 (CZ) と密接する概念は、金本・徳岡 (2002) によって提案された都市部雇用地域 (UEA) である。UEAは市区町村間の通勤パターンから定義する点で類似しているが、核となる都市部への通勤ゾーンを構築することを目的としており、多くの地域はUEAに属さない。これに対して、CZは上記のクラスタリング法を用いることで、全ての市区町村の相互排他的かつ完全な雇用圏の分類を可能とする。
  4. ^ 1980年から2015年の間に多くの市町村合併があり、市区町村の単位が変化している。我々は、通勤圏作成のベースの単位をそろえるバージョン(ファイル名にharmonizeがあるデータ)も作成した。
参考文献
  • Acemoglu, Daron and Pascual Restrepo, "Robots and Jobs: Evidence from US Labor Markets," NBER Working Papers 23285, National Bureau of Economic Research, Inc March 2017.
  • Autor, David, David Dorn, and Gordon H Hanson, "The China syndrome: Local labor market effects of import competition in the United States," American Economic Review, 2013, 103 (6), 2121-68.
  • Chetty, Raj, Nathaniel Hendren, Patrick Kline, and Emmanuel Saez, " Where is the land of Opportunity? The Geography of Intergenerational Mobility in the United States *," The Quarterly Journal of Economics, 09 2014, 129 (4), 1553-1623.
  • Tolbert, CharlesMand Molly Sizer, "US commuting zones and labor market areas: A1990 update," Technical Report 1996.
  • 金本良嗣・徳岡一幸 『応用地域学研究』No.7, 1-15, 2002