ノンテクニカルサマリー

海外生産と労働分配率

執筆者 足立 大輔 (イェール大学)/齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル」プロジェクト

国民所得に占める労働分配率の低下に関する議論が活発化している。ここ数十年で先進国を含む多くの国々で労働分配率が低下していると示された(Karabarbounis and Neiman, 2013)。労働分配率の低下は、資本保有者と労働者の間の所得不平等の増加と解釈されるため、政策的に重要な課題であり、背後にあるメカニズムを理解する必要性がある。既存研究ではいくつかの可能性が指摘されている。Oberfield and Raval(2014)は技術変化の役割を強調した。すなわち、技術変化による生産性変化が資本を増強する場合に労働への総支払額は相対的に減少することを企業レベルのマイクロデータを用いて実証的に示した。一方で、国際化の進展により労働分配率が低下する可能性もある。例えば、多国籍企業(MNE)による国際直接投資および現地での労働者雇用により、本国の資本需要が相対的に増加したかもしれない。本研究では、この海外での雇用を定式化し、労働分配率の傾向を説明できるかどうか、そしてどの程度説明するかを問うた。

図1は各国の海外活動の強度の変化(横軸)と労働分配率の変化(縦軸)の関係を示している(注1)。海外での生産活動の強化が国内の労働シェアを下落させうるということと整合的な結果と言えるが、両者の相関関係が因果関係であると結論付けることはできない。本研究はこの因果関係をより厳密に検証するために、2011年タイ洪水による自然実験的バリエーションを用いることにより、海外生産への依存度が変化したことによる国内労働需要の低下への影響を識別する。

図1:ネットの外国向き海外生産額と労働分配率の変化の関係性
図1:ネットの外国向き海外生産額と労働分配率の変化の関係性

分析には構造推定という方法を用いる。すなわち、理論的なフレームワークからメカニズムを示すとともに、その理論モデルの構造パラメータを推定することにより、海外生産の変化が労働分配率に与える影響を定量的に評価する。

具体的には、海外で付加価値をもたらす要素雇用(国際直接投資や現地労働者の雇用)の生産性向上が労働分配率変化に与える影響を理論モデルから定式化(注2)する。海外要素の生産性向上は、発展途上国の技術変化や政策および制度改革などの経済環境の変化によってもたらされる広義のものである。生産性向上が労働分配率変化に与える影響の鍵となるのは、海外要素価格から国内雇用および資本需要への弾力性の大小である。すなわち、海外要素による労働分配率への影響は、この弾力性に、海外の要素への依存度の高まりに関する項を掛け合わせたものとして表現される。この依存度の高まりは、海外の生産性向上によりもたらされる。

ここでの構造パラメータ(弾力性)を推定するために、2011年タイ洪水を用いた。この自然実験のユニークな点は、洪水がタイ中部で起きたローカルなものであったにも関わらず、被害を受けた地域に多くの日系MNEが集中していたことである。我々は2011年タイ洪水を日本企業にとっての負の外国要素の生産性ショックとして解釈し、この自然実験を操作変数としたパラメータ推定を行った(注3)。分析により得られた弾力性の値から、トータルでは海外での要素雇用と国内の労働は代替的な関係にあり、海外要素と国内の資本は補完的な関係にあることが分かった。すなわち、海外での生産性向上が国内での労働分配率を下落させることを意味する。

最後に、分析により得られたパラメータの推定値を用いた反実仮想的分析によると、日本での1990年代後半から2000年代の労働分配率の低下のうちの大部分が海外での生産性向上によって説明されうることが分かった。図2では、実際の労働分配率の推移と、この推定値のもとで海外の生産性のみが変わった場合の労働分配率のトレンドを示しており、実際に観察される労働分配率の下落の59%であった。

これらの結果は、企業の海外活動を促進する政策の結果、国内において不平等拡大という負の影響を与えうること、それを回避するための所得再分配政策の必要性を暗示している。

図2:実際の労働分配率と反実仮想的労働分配率のトレンド
図2:実際の労働分配率と反実仮想的労働分配率のトレンド
脚注
  1. ^ 1990年代前半と1990年代後半の間の変化を示している。海外活動の強度の指標として、ネットの外国向き海外生産額、すなわち各国企業の海外での総売上から自国内での外国企業の総売上を引いたものを用いた。これら2変数の間には両側95%で統計的に優位な負の関係が見られる。
  2. ^ 小国開放経済において国内要素(労働・資本)と海外要素が雇用され、国内要素価格がmarket clearing conditionで定まる均衡モデルを構築し、この均衡の要素価格から労働分配率を導出し、どのように労働分配率が海外での生産性向上により変わるかを算出した。
  3. ^ 分析にあたり、海外活動基本調査、企業活動基本調査、ビューロバンダイクのオービスデータをマージして、国内の企業活動および海外活動のマイクロデータを作成した。