ノンテクニカルサマリー

保護主義者の世界における中国の輸出

執筆者 Willem THORBECKE (上席研究員)/Nimesh SALIKE (Xi'an Jiaotong-Liverpool University)/CHEN Chen (Xi'an Jiaotong-Liverpool University)
研究プロジェクト East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

保護主義が急激に拡大しつつある。米国は中国製品に対する関税を引き上げ、一時期、中国を為替操作国として認定した。他の諸国も近隣窮乏化政策を推進している。関税、為替レート、その他の要因は中国の輸出にどのように影響を及ぼしているのか。

理論上、関税と為替レートは輸出数量に影響を及ぼす。Fontagné、Martin、Orefice (2018)は、代替弾力性一定(CES)の選好を有するモデルでこの等価検証を行っている。Krugman (1979)、Eaton、Kortum (2002)も、標準モデルを用いてこの一致を明らかにしている。

ただ実際には、関税は通貨高よりも貿易を一層抑制している。Benassy-Queréら(2018)は、統計品目番号(HS)の6桁レベルで110カ国間の二国間貿易の流れを調査した。その報告によれば、10%の関税引き上げは輸出を14%縮小させ、10%の通貨高は輸出を5%縮小させる。Fontagné、Martin、Orefice (2018)、Fitzgerald、Haller (2014)、Ruhl (2008)なども、国際的な弾力性のパズルと呼ばれるこの効果について報告している。この効果は、恐らく関税が政策手段として為替レートの変動よりも持続性があり、為替レートの変動よりも輸出業者の価格決定により大きな影響を与えることにより生じている。すなわち、為替レートに対する輸出の反応度合いが、関税の輸出への影響度合いの下限にあることを示唆している。

本稿では、中国の幅広い輸出品目の為替レート弾性値を推定する。これらの所見により、貿易財の価格に影響を及ぼす為替レートや関税などの要因が、輸出にどう作用するのかを明らかにする。

表1は中国輸出の産業別貿易弾性値を示す。同表のコラム(2)によると、2017年の中国輸出の30.9%を電子機器部門が占める。コラム(4)は、同部門の為替レート弾性値がマイナス1.56であり、電子機器輸出が為替レートに非常に敏感であることを示している。またコラム(2)によれば、中国第2位の輸出部門は繊維であり、この中には衣服や編成生地も含まれる。コラム(3)は、中国が繊維部門では世界貿易に対して大きなシェアを占めており、為替レート弾性値はマイナス0.76と、他の部門よりもはるかに低いことを示している。

表1のコラム(4)は、他の産業部門の為替レート弾性値が全て1を超えていることを示しており、自動車部門で最大値となっている。表1のコラム(3)は、2017年の中国の自動車輸出が世界自動車輸出のわずか4.9%だったことを示しており、中国が自動車部門において他の輸出国との熾烈な競争に直面していることがうかがえる。さらに、自動車購入は消費者にとっては大きな支出であり、価格に対してより弾性的になることが予想される。

これらの結果から得られる重要な示唆は、中国の輸出が為替レートに非常に敏感であるということである。これは電子機器や機械などの旗艦産業において特に顕著である。これらの大きな価格弾性値は、関税が中国の輸出を脅かしていることを示している。関税による貿易への打撃は、貿易戦争と保護主義に伴う不確実性によって増大する。Bloom (2009)は、不確実性が投資を妨げると報告している。物的資本と研究開発への投資は、短い製品サイクルと気まぐれな消費者需要を考えると、電子機器産業にとって極めて重要である。投資の削減により、不確実性が電子機器産業や他の主要部門における中国企業の競争力維持を危ういものにする。

中国は、米国以外の国々と自由貿易協定(FTA)を締結することで、これらの不確実性を相殺しうる。FTAにより経済協力を強化し、統合を深め、また、中国の輸出先を米国以外の国々に振り替えることができるかもしれない。特に、中国の対米輸出が不均衡であるというThorbecke (2015)の知見に照らすと、中国のFTA推進は米国との間で保護主義的な圧力を緩和する呼び水になる可能性がある。

中国はチリ、ジョージア、ニュージーランド、パキスタン、ペルー、シンガポール、スイスなどと二国間協定を締結する一方で、アジアの複数のパートナー諸国と東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉を行っている。これらのパートナーには、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国、中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドが含まれている。RCEPは検討中のものの中でも最大のアジア地域貿易協定であり、これらの国々の多くが地域バリューチェーンを通じて結びついているため重要である。この交渉は地域全体の自由貿易圏の確立に焦点を当てているが、投資、サービス貿易、技術協力、知的財産(IP)権についても議論が行われている。

RCEPの批准は中国にとって恩恵となりうる。中国企業は同地域の巨大市場へのアクセスが可能になり、さらに、食品、フットウエア、医薬品、その他の商品の輸入価格を引き下げることになるだろう。

RCEPに加えて、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)も中国企業に利益をもたらす可能性がある。CPTPPは、労働と環境ルール、競争政策、国有企業の行動、およびIP保護に対して高い基準を設定しており、中国がCPTPPに加盟するには、広範な準備作業を行う必要がありそうだ。しかし、中国企業が技術を更新し続けるにつれ、強力なIP保護を伴う質の高い協定は、彼らの利益になるだろう。

貿易ブロックと貿易戦争は不確実性を助長し、資源を不適切に配分し、バリューチェーンを分断する。中国と米国は、相互利益のために、さらには、21世紀の他の国々の見本となるために、突破口となる合意を懸命に追求すべきである。中国は、他の貿易相手国とのコネクティビティを改善する自由貿易協定に署名することで、米国との交渉が暗礁に乗り上げるリスクに対して予防線を張ることもすべきである。

表1:2003年から2017年における中国産業の対83カ国向け輸出に関するパネルDOLS推定
(1)
産業部門
(2)
2017年の中国総輸出に占める割合(パーセント)
(3)
2017年の各部門における世界輸出に占める中国輸出の比率(パーセント)
(4)
為替レート弾性値
(5)
標準誤差
(6)
GDP弾性値
(7)
標準誤差
電子機器 30.9% 30.5% -1.56*** 0.09 1.72*** 0.21
繊維 14.9% 36.2% -0.76*** 0.06 1.72*** 0.15
機械類 12.6% 13.6% -1.34*** 0.08 2.78*** 0.20
電機 10.9% 26.4% -1.08*** 0.05 2.16*** 0.14
化学 10.8% 10.3% -1.04*** 0.06 2.03*** 0.16
木材&紙 8.4% 24.8% -1.26*** 0.06 2.55*** 0.15
自動車・車両 3.0% 4.9% -1.96*** 0.10 1.99*** 0.21
注: 各断面のラグの次数はシュワルツ情報量規準に基づいて選択されている。共和分関係は、Kaoの共和分検定によって決定されている。二国間実質為替レートの上昇は、輸入国に対する人民元の上昇を意味する。したがって、係数の予測される符号は負の符号である。
***印は1パーセントの水準で有意であることを表す。
参考文献
  • Bénassy-Quéré A, M. Bussière, and P. Wibaux, 2018, "Trade and currency weapons," CESifo Working Paper Series No. 7112, IFO Institute, Munich, Germany.
  • Bloom, N. (2009). The impact of uncertainty shocks. Econometrica 77(3), 623-685.
  • Eaton, J. and S. Kortum, 2002, "Technology, geography, and trade," Econometrica, Vol. 70, No. 5, pp. 1741-1779.
  • Fatum, R., R. Liu, J. Tong, and J. Xu, 2018, "Beggar thy neighbor or beggar thy domestic firms?
  • Fitzgerald, D., and S. Haller, 2014. "Exporters and shocks: Dissecting the international elasticity puzzle," School of Economics Working Papers No. 201408, University College Dublin, Dublin, Ireland.
  • Fontagné, L., P. Martin, and G. Orefice, 2018, "The international elasticity puzzle is worse than you think, Journal of International Economics, Vol. 115, November, pp. 115-129.
  • House, F.C., C. Proebsting and L. Tesar, 2019, "Regional effects of exchange rate fluctuations," NBER Working Paper No. 26071, National Bureau of Economic Research, Cambridge, MA.
  • Krugman, P., 1979, "Increasing returns, monopolistic competition, and international trade, " Journal of International Economics, Vol. 9, No. 4, pp. 469-79
  • Ruhl, K.J., 2008, "The international elasticity puzzle," Stern School of Business Working Papers No. 08-30, New York University, New York, NY.
  • Thorbecke, W., 2015, "China-U.S. trade: A global outlier," Journal of Asian Economics, Vol. 40, October, pp. 47-58.