ノンテクニカルサマリー

ICT投資が雇用と生産性に与える因果効果:税制ショックを用いた実証分析

執筆者 滝澤 美帆 (学習院大学)/宮川 大介 (一橋大学)
研究プロジェクト 生産性向上投資研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「生産性向上投資研究」プロジェクト

ICTが我々の雇用を奪うのではないか(replacement effect)という議論が注目を浴びている。しかし、研究・開発業務を典型例として、ICTの利活用によって業務が効率的に実施され得るケースが存在するほか、ICTの導入を契機として新しい雇用を伴う業務が産みだされる可能性もある(reinstatement effect)。ICTの導入が雇用に与える影響は、それほど単純なものではないと言えそうだ。

では、こうした理論的整理の何れが現実を良く説明しているのだろうか。残念ながら、この問いに対して、多くの実証研究は集計レベルのデータに基づいてICT投資と生産活動との正の相関関係を報告するに留まっており、ICT投資が雇用に与える因果効果について十分な合意が確立しているとは言い難い。

ICT投資の効果に関する実証研究上の難題は、ICT投資の実施が労働供給や生産性の変動といったさまざまな要因と同時に決定されている点にある。実際に、ICTの導入が進んだ企業とそうでない企業が観察されたとして、前者が後者に比して雇用を減少させていたとしても、このデータを根拠としてICTの導入が雇用の減少を生み出したと主張することは出来ない。ICT投資はさまざまな要因と相関しており、ICT投資の因果効果を識別するために必要となる「外生的なICT投資の変動」を確保することが容易ではないためである。

こうした難題に対して、本研究では「2003年と2008年に日本で実施されたICT投資関連税制の変更がICT投資に与えた影響」を明示的に調べた調査結果を利用することで、ICT投資が企業の雇用と生産性に与える(短期的な)影響を、因果関係の識別に配慮しながら実証的に検討した。具体的には、税制の変更に起因する外生的なICT投資の増加を計測し、当該のICT投資増が企業レベルの従業員数、IT人材の雇用数シェア、社内のIT人材と外部からの派遣IT人材の雇用数、労働生産性に与えた影響を推定した。

最大で二千社程度に関する情報処理実態調査及び経済産業省企業活動基本調査の調査票情報を用いた推定結果から、(1)当該税制変更ショックに起因する外生的なICT投資の増加は企業レベルの従業員数に影響しなかったものの、(2)ICT投資の増加は社内IT人材の雇用を増加させたこと、一方で、(3)ICT投資の増加が労働生産性に与える短期の影響は限定的であったことを確認した。これらの結果は、税制ショックに起因する外生的なICT投資の増加によって、社内人材がICT資本と補完的なタスクへ短期間に再配分されたことを示唆している。

本研究の結果は、幾つかの追加的な研究テーマに繋がるものである。まず、ICT投資の結果としてIT人材が担う新しいタスクが本当に生みだされているか否かを別途のデータ構築を含めて確認することが有益であろう。また、本研究では十分に分析されていない「長期に亘る」生産性や雇用への影響を、他の指標(例:TFP)や他の政策ショック(例:労働政策)の利用、追加的な属性変数(例:企業規模、輸出ステータス)との交互効果を含めて確認するほか、設備投資などの他の企業行動との関係を確認することも重要である。更に、どのような企業においてよりスムーズな職種変換が行われたのかを検討する必要もある。こうした高粒度のデータを用いた実証研究の進展により、ICT投資の意義に関する理解が一層深まることを期待したい。