ノンテクニカルサマリー

日本における雇用と生産性のダイナミクス―OECD DynEmp/MultiProdプロジェクトへの貢献と国際比較―

執筆者 池内 健太 (研究員)/伊藤 恵子 (中央大学)/深尾 京司 (ファカルティフェロー)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/金 榮愨 (専修大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

研究の背景と目的

本研究は企業の異質性と国際比較の視点から雇用と生産性のダイナミクス(動学)に関する日本の特徴を明らかにすることを目的としている。雇用と生産性の成長は、わが国を含めて世界的にも経済政策の議論の中心となっている、しかしながら、雇用と生産性のダイナミクスにおける政策の役割の重要性は認識されているものの、どのような政策がより効果的に成長を促すかについての理解は限られている。その原因の1つとして、先行研究の多くが「平均的な企業」に焦点を当てた分析に限られることが挙げられる。なぜなら、それぞれの企業は異質であり、雇用と生産性のダイナミクスにも企業特有の異質性があり、どのようなグループの企業(例えば、若い企業と成熟企業、中小企業と大企業、既存企業と参入企業と退出企業等)が、雇用を創出または喪失しているのか、を明らかにすることが政策的な議論において重要であるからである。

このような問題意識のもと、経済協力開発機構・科学技術イノベーション局(OECD/DSTI)では、各国統計の公表値を集約する活動に加えて、近年「分散型ミクロデータ・アプローチ(distributed micro-data approach)」による雇用と生産性のダイナミクスの国際比較分析プロジェクト(DynEmp/MultiProdプロジェクト)に力を入れており、筆者らはこれらプロジェクトの開始当初より日本のデータの収集に参加している。本プロジェクトの最大の特徴は、OECDの事務局が中心となって各国の専門家が連携することにより、機密データの秘匿性を担保した上で政府統計の調査票情報(企業単位の個票データ)に基づく精密な国際比較分析を可能にしている点である。

そこで本研究では、これらDynEmp/MultiProdプロジェクトの概要とこれまでの国際比較分析の結果を紹介するとともに、最新の日本の分析結果に基づいて、日本の雇用・生産性ダイナミクスの特徴を明らかにした。

データソース

本研究で、DynEmpプロジェクトおよびMultiProdプロジェクトのための日本に関する分析に利用したデータソースは、「事業所・企業統計調査」、「経済センサス-基礎調査」、「経済センサス-活動調査」、「工業統計調査」、「企業活動基本調査」の調査票情報である。なお、「工業統計調査」と「事業所・企業統計調査」、「経済センサス-基礎調査」、「経済センサス-活動調査」の調査対象単位は事業所であるが、いずれも本社情報を用いて調査結果の分析を行う統計部局において企業に名寄せが行われている。そのため、企業単位に集計された情報を主に用いて、OECD事務局から提供されたDynEmpとMultiProdのそれぞれのプログラムを適用した。また、「工業統計調査」は対象が製造業に限定されているともに、本社の活動が十分に捉えられていない可能性がある。そのため、MultiProdプロジェクトの分析には「企業活動基本調査」を主に用いる。

分析結果と日本のデータの課題

雇用と生産性のダイナミクスに関する国際比較分析の結果、日本の特徴として以下のような点が明らかとなった。
①日本は新規開業率が低く、若い企業の割合が海外と比較して著しく低い(下図)。
②各国同様、若い企業は日本においても雇用成長の主な要因となっているが、その成長率は国際的にみて低い。
③各国と同様に日本における賃金と生産性の企業間の格差が拡大しており、サービス業で格差拡大が顕著である。
④他国との違いとして、日本の賃金・生産性の格差はリーマン・ショックの後縮小している。
⑤企業間の資源配分の効率性はリーマン・ショックの前まで改善していたが、その後低下した。
⑥企業の資本投入は最適水準から乖離している傾向が強く、その傾向は時間を通じて強まっている。

図:各国の企業年齢別の企業の数の分布
図:各国の企業年齢別の企業の数の分布

一方、本研究の分析にはデータの制約に基づく課題もある。第1に、OECDのDynEmpプロジェクトは企業レベルの雇用の母集団パネルデータを用いた国際比較を念頭にしており、諸外国では毎年更新されるビジネスレジスターに基づいて分析が行われているが、日本では1年ごとに更新されるビジネスレジスターは存在せず、5年おきに更新される「経済センサス-基礎調査」(2006年以前は「事業所・企業統計調査」)を用いて分析を行った。日本においても「事業所母集団データベース」が整備されているが、雇用のデータなどの更新が毎年行われないことや企業単位の時系列方向の接続情報の整備が不十分であるなど、雇用のダイナミクスを分析する上での課題も残されている。米国の先行事例などを参照した税務や社会保険の情報など行政記録のさらなる活用などが期待される。

第2に、OECDのMultiProdプロジェクトでは、企業レベルの生産性測定のための毎年のパネルデータを想定している。日本の統計調査では、「工業統計」や「商業統計」など事業所レベルでは大規模な調査が行われているが、企業レベルの分析には限界がある。また、商業以外では中小企業を含む非製造業企業を母集団とし、同一企業の経年変化が分析できるようなパネルデータが構築できる形式での調査は行われていない。MultiProdプロジェクトに参加している諸外国では税務情報などの行政記録も活用して、企業の母集団での生産性のダイナミクスの分析が可能なデータベースが整備されている。企業母集団での生産性の経時的な計測が可能な統計の整備が日本の課題と言えよう。