ノンテクニカルサマリー

中心市街地活性化政策の商業面への影響に関する実証分析―熊本市を例とした事業所レベルミクロデータ分析―

執筆者 本田 圭市郎 (熊本県立大学)/河西 卓弥 (熊本県立大学)
研究プロジェクト コンパクトシティに関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「コンパクトシティに関する実証研究」プロジェクト

中心市街地活性化政策は、商業機能が郊外に移転し空洞化が進む地方都市の中心市街地の活性化を目指し行われる政策である。1998年、中心市街地の衰退を食い止めるため、いわゆる「まちづくり三法」が制定されたが、そのうちの1つが中心市街地活性化法である。本研究は2006年に改正された中心市街地活性化法に基づいて行われた中心市街地活性化政策の効果の検証を行った。

中心市街地活性化法では、各市町村が基本方針を作成し、政府の認定を受けた上で政府の支援の下実施を行う。認定の開始された2007年以降これまで延べ232件の計画が認定を受けており、そのうち59地域が2期、12地域が3期認定を受けている。政策の評価に関しては、認定市町村は認定基本計画に記載された事業などの進捗状況や目標の達成状況などについてフォローアップ(自己評価)を実施し、内閣府に報告することとなっている。

ただし、フォローアップは自治体自らが設定した指標の前後比較が主であり、政策の因果効果を厳密に捉えているとは言い難く、実施された政策に対して誤った評価を下している可能性もある。そのような方法では、政策実施期間におけるある指標の変化が、当該政策によってもたらされたものなのか、政策と同時期に起きた景気変動や規制緩和などその他の政策などの影響によるものなのか区別することができないからである。

そこで本研究では、熊本市を例にして、中心市街地活性化政策の効果について、より精緻な評価手法を用い、特に商業面への影響の検証を試みた。熊本市は、第1期計画時から認定を受け、現在3期目まで継続している12地域のうちの1つであり、中規模地方都市の代表例として、効果の検証が期待される都市である。本研究ではデータ入手の都合上、第1期基本計画(2007 年5 月~2012 年3 月)の既存の小売業についての事業所ミクロデータを主に扱い、いくつかの商業面へのアウトカムに対して中心市街地活性化政策が効果を持つのか分析を行った。

熊本市は商業・業務・教育・居住などの都市機能の集積された中心市街地の再構築を目標に基本計画を策定し、3つの基本方針を掲げた。基本方針1は都市機能の集積と更新を図る「人々が活発に交流しにぎわうまちづくり」で、具体的には、商店街アーケードの整備、イベントの実施、公共公益施設・商業業務施設・共同住宅などの整備、教育施設・社会福祉施設などの誘致、企業立地促進事業などの事業を行い、目標指標として中心市街地の商店街歩行者・自転車通行量を設定した。基本方針2は「城下町の魅力があふれるまちづくり」で、具体的には、熊本城の本丸御殿の復元整備、熊本城に隣接した形での観光施設の整備を行い、目標指標は熊本城年間入園者数であった。基本方針3は中心市街地へのアクセス向上のため公共交通網の整備に努めるという「誰もが気軽に訪れることができるまちづくり」で、具体的には、低床式路面電車の導入、市電の所要時間の短縮や市電の優先信号の整備といった事業を実施し、目標指標は市電の年間利用者数であった。

本研究では、熊本市中心市街地に立地する小売業に属する企業の売上高、従業員数といった指標の政策実施前後での変化に注目した。ただし、上述のように政策の対象となった企業の指標を前後比較しただけでは、政策の効果を確認することはできない。そこで、place-based policy(地域に基づく政策)に対する政策評価で使われることの多い差の差法(difference-in-differences)により分析を行った。本来、政策の効果を確認するためには、同一企業が政策の対象となった場合とならなかった場合での指標の変化を比較する必要がある。しかし、現実にはある企業はどちらか一方の状況しか経験し得ないので、政策の対象となった企業に起きた、政策に起因する効果を確認するためには、政策の対象とならなかった場合の指標を何らかの値で置き換える必要がある。本研究では、政策対象企業(処置群:本研究では熊本市の中心市街地に立地する企業)になるべく似た企業(対照群)の指標で置き換えを行った。

本研究では2種類の対照群を選定した。1つ目は熊本市の中心市街地以外に立地している企業、もう1つは本研究の対象とする政策実施期間には中心市街地活性化政策を行っていないが、その後、認定され実施を行った市町村に立地している企業の中で、政策対象企業と似た属性を持った企業である。政策対象企業の政策前後の指標の変化から、同期間での対照群の指標の変化を減ずることで、政策の効果を確認することができる。対照群の指標に起きた変化は政策が実施されなかった場合に政策対象企業に起きたであろう変化と考えることができるためである。このような比較を行うことで、外生的な要因の影響は取り除き、政策の効果を確認することができる。

分析の結果、いずれの対照群を用いた場合でも、政策対象地域において売上高や従業員数などの指標に対する有意な効果は確認されなかった(図参照)。熊本市の基本方針で掲げられているのは、波及効果として商業面の活性化を期待しているものの、直接的には人の往来の改善である。人の往来が活発になれば、その人々が支出を行うことも期待できるが、実際に行われているこの期間内の施策は商店街アーケードの整備、イベントの誘致、社会インフラの整備などの環境整備である。利便性や居心地の良さ、イベント等により「人を集める」という意味ではフォローアップ報告において一定の効果が確認されているが、そこには購買行動が伴っていないと考えられる。

図:諸要因を取り除いた売上高(対数値)推移比較
図:諸要因を取り除いた売上高(対数値)推移比較

分析結果から得られる政策的含意としては、目的とする指標をより明確にし、それら指標に直接的に影響する施策を取り入れることが重要であると言える。熊本市の掲げた数値目標の一つである人の往来はあくまでにぎわいを示すものであり、それが商業面での活性化につながる保証はない。商業面での活性化も見据えるのであれば、人々の購買行動をより意識した施策を取り入れることが重要であろう。なお、熊本市の中心市街地活性化政策では、第2期計画以降ではより商業面の改善を意識した施策が実施・予定されており、本研究の分析と同様の枠組みで効果を検証することで、より個別の施策の効果の検証まで行うことができると考えられる。