ノンテクニカルサマリー

中小企業支援ポリシーミックスにおける補助金の役割:サポーティング・インダストリーをケースとして

執筆者 鈴木 潤 (政策研究大学院大学)
研究プロジェクト イノベーション政策のフロンティア:マイクロデータからのエビデンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「イノベーション政策のフロンティア:マイクロデータからのエビデンス」プロジェクト

政府による政策あるいは介入は、産業や社会に対してさまざまな効果をもたらす。そして、それらの効果を把握するために、多様な指標や分析の単位、介入の種類、時間スケールなど、さまざまなアプローチの分析が行われている。本分析では、経済産業省によるサポーティング・インダストリー(サポイン)プログラムを取り上げた。分析の単位は企業(中小企業)で、評価の指標は企業の売上や従業員数、特許出願数などのごく一般的なものである。このような指標を用いたサポインの分析は「エビデンスに基づく政策形成」の流れの中で、これまでにもいくつか試みられてきた。しかし、それらの分析はさまざまな制約や限界のために、明確な解釈を行うことができるような結果を残していない。本研究は以下の3点で、先行研究との差別化を図っている。

第一は、2006年から2010年に開始され3年度フルサポートを受けたプロジェクトについてデータベース化し、評価する対象をサポイン補助金(本文中では「ハード支援」と呼んでいる)のみではなく、サポインに関連するさまざまな「ソフト支援」(マッチングや仲介、コンサルティングなど)に拡大した点である。サポイン補助金を申請するプロセスの中で中小企業はコンソーシアムを形成し、さまざまなソフト支援を受けているが、ハード支援を受けられる企業は申請企業の中のごく一部であり、残りの大多数はソフト支援しか受けていないことになる。そのためここでは、ソフト支援とハード支援の組み合わせ(ポリシーミックス)を評価することがねらいであった。イノベーション政策におけるポリシーミックスの評価は、OECDにおいても議論されている課題である。第二は、ハード支援やソフト支援などの政策介入効果を明確にするために、支援を受けた企業(処置群)と非常に近い属性を持ちながら支援を受けていない企業(比較対象群)を慎重に選定している点である。このようなサンプルバイアスの低減は、政策介入とその効果の因果関係を考える際に重要になる。そして第三は、これらの企業群の指標を8年以上の長期間にわたって追跡し、政策介入効果の発現までにかかるだろうタイムラグを考慮した分析を行った点である。

これにより得られた結果が示唆しているのは、中小企業に対するソフト支援が比較的広範なインパクトを持つのに対して、ハード支援(補助金)の追加的な効果は限定的であり、しかも発現するまでには長いタイムラグが必要という事であった。下図は、サポインに伴うソフト支援とハード支援が企業の売上に対して及ぼす効果を推計した結果である。縦軸は売上の増減を表し、横軸の「申請後0-2年」はサポインプロジェクト実施中の平均値、「申請後3-5年」はサポインプロジェクト終了直後の3年間の平均値、「申請後6-8年」はサポインプロジェクトが終了して3-5年経過した後の平均値を表している。ソフト支援の効果は常にポジティブで、ハード支援の効果を上回っている。またハード支援のポジティブな効果は、プロジェクト終了後かなり時間がたってから初めて観察されることがわかると思う。

このように、補助金のみを取り出して政策ツールとしての有効性を評価した場合には効果が見えにくく、その存在意義に対してやや疑問符がつくかもしれない。しかしサポインの場合、企業はコンソーシアムの形成や事業化までの工程を明確化した計画書作成などの要求条件をクリアし、補助金を申請するためにソフト支援を受けるのであって、補助金は中小企業がこのようなコンテスト(サポインの当選率(=補助金受給率)は16%程度と決して高くはない)に参加するための誘因として機能していると解釈することができるだろう。

企業の売上に及ぼす効果
図:企業の売上に及ぼす効果

サポインのみならず多くの新世代中小企業支援ポリシーミックスの目的は、「中小企業の意欲を刺激して独自のイノベーションに向けた取り組みを誘発すること」に置かれている。そして、さまざまな先行研究が、賞金獲得を目指すコンテストは技術開発を加速させるための良いメカニズムであることを指摘している。(近年の例では米国のDARPA Challengeなど)。現在の国の補助事業や委託事業の仕組みでは、資金の用途について厳格な制約があり、予算の執行や額の確定などに伴う事務的なオーバーヘッドコストも支給側・受給側双方にとって大きな負担となっているが、コンテストの賞金として考えるのなら、このような制約や手続きを大幅に簡素化することが可能になるかもしれない。

最後に、サポインにおける外部の管理法人の役割について考察したい。サポインでは原則として外部管理法人(地域の産業振興センターや財団、TLOなど)が補助金の直接的な申請者になると同時に、ソフト支援の中身であるプロジェクトのコーディネーションやネットワーキング、コンサルティング、モニタリングなどの機能を果たしてきた。サポインが委託事業として運営されていた2013年度までは、委託費の中に間接費としてこれら管理法人の経費が盛り込まれていたが、2014年度以降は補助率2/3の補助事業となった結果、管理法人の経費を補助金からフルに回収することが難しくなった。このため、従来のような地域の非営利団体がこれらのソフト支援を担うケースは減少している。筆者が限られた数の当事者にインタビューした結果によると、従来の外部管理法人へのインセンティブ付与の仕組みは、地域ぐるみのソフト支援機能を活用し、同時にコンテスト参加者から質の悪いプロジェクトを排除するために、有効に機能していたと考えられる。今後国としては、ソフト支援を担う機関の多様性や支援の内容を充実させることを検討するべきであろう。