執筆者 | 森川 正之 (副所長) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
1. 背景
長期の経済予測は、財政の持続可能性の評価、社会保障の制度設計などに大きく影響する。しかし、金融危機などの経済的ショック、新たなイノベーションとその普及、地政学的リスクの顕在化、大規模自然災害など予測困難な要素は数多く、長期経済予測には大きな不確実性がある。
マクロ経済予測の精度を事後評価した研究は多いが、翌年、翌々年など短期的な予測を対象としたものが大部分であり、また、経済学者の長期予測を対象とした研究は稀である。本研究では、長期の経済成長率、生産性上昇率、物価上昇率の予測値に関するユニークなサーベイ・データを使用し、長期経済予測の特徴、事後的に見た予測精度、予測者間の異質性を明らかにする。長期経済予測の精度を事後評価することは、エビデンスに基づくマクロ経済政策という観点からも重要である。
2. データ
本稿の分析に使用するのは、経済産業省が2006年及び2007年に実施した「日本経済の長期展望に関する調査」である。調査対象は日本経済学会に所属する経済学者が大部分だが、民間エコノミストも対象となっている。本研究で使用する調査事項は、10年間及び30年間のGDP成長率(実質、名目)、TFP上昇率、CPI上昇率の予測値(いずれも年率)、回答者の個人特性(性別、年齢、所属機関、専門分野)である。このうち10年間の予測については現時点で実績値が存在するので、実績値との比較で予測値の精度を事後評価する。
具体的には、2006年調査と2007年調査のデータをプールした上で、①予測の平均値や分布を観察するとともに、②対象としているマクロ変数の予測値(=予測誤差)相互間の関係、③個人属性と予測誤差の関係などを計測する。
3. 分析結果と含意
分析結果の要点は以下の通りである。第一に、経済学者・エコノミストの長期的なGDP成長率予測には上方バイアスが存在し、特に名目GDP成長率で顕著である(図1参照)。第二に、TFP上昇率と実質GDP成長率の予測値、TFP及びCPI変化率と名目GDP成長率の予測値の間には強い正の関係があり、したがってこれら変数の予測誤差相互間にも同様の関係がある。第三に、民間エコノミストに比べると経済学者の長期的な成長予測はバイアスが▲0.2~▲0.3%ポイントほど小さい。しかし、マクロ経済学や経済成長論を専門とする人の長期予測は、他の分野を専門とする人に比べて約+0.2%ポイント上方バイアスが大きい。
以上の結果は、経済分析の専門家にとっても長期の経済予測には大きな不確実性があること、予測時点の経済情勢が将来予測に影響すること、生産性上昇率や物価上昇率の過大な見通しがGDP成長率予測のバイアスの源泉になることを示唆している。ただし、本研究は2回の予測データのみを用いたものであり、その一般化可能性には限界があることを留保しておきたい。