ノンテクニカルサマリー

地域版バラッサ・サムエルソン効果は何故観察されるのか

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析-地域別・産業別生産性分析と地域間分業」プロジェクト

日本国内の都市と地方の経済格差は、先進国と発展途上国の間で見られる関係と類似のものなのだろうか。以前に発表した徳井・水田(2017)では、都道府県別のサービス価格の品目データから、都道府県間のサービス価格差を測る指数を作成し、労働生産性格差との相関を調べた。その結果、都道府県間の労働生産性格差とサービス価格差には正の相関が観察され、これを地域版バラッサ・サムエルソン効果と呼んだ。この名称は、国際経済学で有名なバラッサ・サムエルソン効果に因むものである。

国際版バラッサ・サムエルソン効果は、先進国のサービス価格が発展途上国のそれよりも高い傾向にあるという観察事実を説明するために、先進国と発展途上国との間の生産性格差が貿易財部門(典型的には製造業)と非貿易財部門(典型的にはサービス産業)とで異なることに着目する。すなわち、製造業では先進国の労働生産性が発展途上国のそれより顕著に高いのに対して、サービス産業では先進国と発展途上国の労働生産性格差はさほど大きくない。その結果、先進国の労働コストは、自国の労働生産性が高く、かつ国際間で生産物の価格裁定が働く製造業に引っ張られて、発展途上国に比較して相対的に高くなる。その一方で、サービス産業では、国際間の生産物の価格裁定は働かず、先進国の労働生産性が発展途上国よりも高いわけではないので、先進国のサービス価格は高い労働コストによって押し上げられて、発展途上国のサービス価格よりも相対的に高くなる、と説明される。

それでは、日本国内で観察された地域版バラッサ・サムエルソン効果にも、同じ説明が可能なのであろうか。図は、製造業と非製造業の労働生産性を、東京圏、名古屋圏、大阪圏、それ以外の地域に分けて比較したものである。左の図から分かるように、製造業の労働生産性は必ずしも都市部がその他の地域に比べて高いとは言えない。それに対して都市と地域の労働生産系格差は非製造業部門においてむしろ明瞭に観察できることが、右の図から分かる。また、サービス産業と一口に言っても、そのなかにはさまざまな業種が含まれていて、必ずしも伝統的なサービス業ばかりではない。例えば、近年技術進歩が著しい情報・通信・広告業の生産額が広義サービス業に占める割合を比較すると、この比率でみて東京都では多くの都道府県の4倍であり、サービス業のなかの生産性が高い分野が一部地域に集中していることが分かる。

こうした観察事実を踏まえて、地域版バラッサ・サムエルソン効果を説明する2つの代替的な仮説を検討した。その1つは、都市には経済活動が集積する結果その地価が上昇し、土地を使って経済活動を行うコストが高くなることが、都市のサービス価格を高めるというものである。特にサービス産業の多くは立地が重要で、土地利用のコストは重要になる。その一方で、都市ではサービス産業の生産額自体も大きくなるので、必ずしも生産単位当たりの土地利用コストが都市で高くなるとは言えない。

いま1つの仮説は、労働コストである。とりわけ、都市部ではサービス産業のなかに、近年技術進歩の著しい分野が大きなウェイトを占めるようになった一方で、伝統的な接客型のサービス業も日常生活の不可欠な部分を構成していることを考えると、労働コストがサービス産業のなかで高生産性分野から低生産性分野にまで波及し、サービス価格全体を押し上げている可能性がある。例えば、エンリコ・モレッティ著『年収は「住むところ」で決まる』は、レストランのウェイターが高収入を得られる全米上位10都市のうち、7都市はハイテク産業を擁する都市であることを指摘している。

この2つの仮説のどちらがより重要かを検証するために、都道府県ごとに産業別労働コストと土地サービス投入コストの域内価格波及効果を計算した。このためには、都道府県単位の整合的な産業連関表がまず必要になる。産業連関表は都道府県ごとに作成公表されているが、それらの産業分類と経済活動概念を統一しなければならない。また、産業別労働コストは産業連関表から使うことができるが、土地サービス投入コストについては総務省「固定資産の価格等の概要調書」などを基に独自に推計した。こうしたデータを使って、都道府県ごとに産業連関分析の価格モデルを適用して、土地投入コストと労働投入コストの域内価格波及効果をそれぞれ計算した。

こうして計算された価格波及効果と都道府県間サービス価格差には、土地投入コストと労働投入コストのどちらでも正の相関が観察されるが、両者の相対的な重要性を比較するために、都道府県間サービス価格差を被説明変数に、計算された土地投入コストと労働投入コストの価格波及効果を説明変数にして回帰式を求め、それを使って都道府県間サービス価格差の二乗和を、土地投入コストからの価格波及効果分と労働投入コストからの価格波及効果分に分解した。その結果両者を比較すると、土地投入コストからの価格波及効果で説明できる割合が約2割に対して、労働投入コストからの価格波及効果で説明できる割合が約8割という結果を得た。

このことは、地域にリーディング産業が立地することの意味について、分配面の観点から興味深い示唆を与えている。もしも、地域版バラッサ・サムエルソン効果が、サービス産業の集積による地価上昇にもっぱら起因するのであったなら、その利益が幅広い地域住民に均霑するとは言い難いかもしれない。しかし、それとは逆に、地域の幅広い労働者の賃金上昇に繋がっていることから、地域にリーディング産業が立地していることの意義は一層高まったと言えよう。

参考文献
  • 徳井丞次・水田岳志(2017), 「地域間サービス価格差と生産性格差」, RIETI Discussion Paper Series 17-J-012.
  • エンリコ・モレッティ(2014), 『年収は「住むところ」で決まる:雇用とイノベーションの都市経済学』, プレジデント社.