ノンテクニカルサマリー

入院医療における競争とプロセス・アウトカム指標

執筆者 庄司 啓史 (衆議院調査局)/井深 陽子 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析」プロジェクト

海外の報告によると日本の保健医療の質やアクセスの容易性は、195か国中11位と英国30位や米国35位と比較して上位に位置しており、医療レベルとして日本が国際的にも高いレベルの医療を提供している。日本の医療セクターでは、公的保険医療の価格が診療報酬で全国一律で決定されており、医療水準の均てん化、つまり提供される医療は一律で差異がないという考え方が背景にある。

他方、国内において医療セクター(入院)の競争環境に差異がないかといえば必ずしもそうではなく、平成29年医療施設調査では人口10万人当たりの一般病床数が多い県と少ない県で最大2.2倍の開きがみられている。また、地域間の医療提供状況については、2017年4月の内閣府WG資料において、医療機関が保険者(健康保険組合等)に請求する診療報酬明細書であるレセプト情報等を集約したNDB(National Data Base)を活用し、医療提供状況(各都道府県の年齢構成調整後のレセプトの出現比(SCR))には地域差があることが示され、少なくとも医療提供状況には地域差があることが明らかとなっている。

医療分野における競争と質の関係については、海外を分析対象とした多くの先行研究の蓄積がある。しかし、分析対象となる国や時期によって結果が異なっており、必ずしも結論付けられた問題ではない。この要因の1つとして国による制度の差異が考えられているが、日本の政府統計を使用し、この問題を真正面から分析対象とした文献は存在しない。

そこで本稿では、厚生労働省の医療施設調査及び患者調査といった政府統計を使用し、医療施設単位の入院医療における競争と平均在院日数(プロセス指標)や入院の転帰としての軽快率又は死亡率(アウトカム指標)との間の関係を実証的に分析する。分析においては、医療の提供状況の地域差を考慮すると、都市部と地方部との間で競争とプロセス・アウトカム指標の間の関係に差異がある可能性があるため、都市部と地方部の違いに焦点を当てている。

分析結果によれば、地域の競争度が高いほど、都市部では入院の転帰が良好(軽快率が高く、死亡率が低い)である傾向が、地方部では平均在院日数が短く、入院の転帰が良好(軽快率が高い)である傾向にあることが確認された。二次医療圏範囲での競争のインパクトは下図のとおりで、都市部では競争環境が100単位高まると死亡率が約0.1%ポイント低下、地方部では競争環境が100単位高まると平均在院日数が約7.2日短期化するという結果となった。

図:競争度が高まることによる正のインパクト
図:競争度が高まることによる正のインパクト
注1. 都市部:二次医療圏(初診患者数)ハーフィンダール指数(HHI)、地方部:二次医療圏(入院患者数)HHIがいずれも100低下(競争度が高まる)した場合における、プロセス・アウトカム指標の改善インパクト。
注2. 地方部は非線形モデルのため、平均値における接線の傾きから求めた。

都市部においては、特定の病院に患者が集中することによる医療資源の利用が入院医療サービスの供給制約をもたらし、入院転帰としての死亡率の悪化につながっている可能性を示唆している。この点については、さらに詳細なメカニズムの分析が必要となるが、医師数の伸びが高齢化に追いついていない地域は、都道府県レベルで見ると、地方というよりもむしろ都市部との指摘もあり、都市部における医師の労働環境の悪化が要因となっている可能性も残されている。

地方部においては、地域間での入院日数のばらつきが指摘され、政府による医療費適正化政策により入院日数の短期化を目指していることからも、競争度と入院日数の関係が示唆された点は重要である。しかしながら、仮に入院日数が短期化したとしても、その後再入院が必要となるケースが増加することや、日常生活に支障が出るほどに十分に回復していないため退院後の生活の質が低下することは、必ずしも社会厚生上望ましいとは言えない。よって、入院日数の短期化が退院患者の生活の質を低下させることがないというエビデンスが必要となる。

狭い範囲(1km範囲)における競争との関係についても触れておきたい。都市部・地方部ともに競争度が高いほど、入院転帰(軽快率)が高い傾向にあることが明らかとなった。ただ都市部においては、継続通院の患者市場の過度な競争環境に直面する地域においては、逆に入院転帰(軽快率)が低下する傾向がみられた。地方部においては、初診患者市場において競争度が高いほど入院転帰(軽快率)が改善する傾向がみられた。ただし、地方部においては医師不足問題が顕著となっており、競争的な環境を構築することが困難な地域も多い。本稿の分析では、必ずしも独占的地域の入院転帰(軽快率)が非独占的地域と比べ低いという関係も見られなかった。これらの結果は、地方部においても競争的環境の構築は望ましいものの、医療サービスの供給制約を考慮すると、ユニバーサルサービス維持のため、一定の独占的地域は許容されるといった競争環境の構築も考えられ得ることを示唆している。