ノンテクニカルサマリー

価格競争・質の競争と企業特性

執筆者 森川 正之 (副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景

日本経済の成長力や生産性を高めるため、日本企業はコスト競争(価格競争)ではなく、財・サービスの差別化競争(質の競争)を図るべきであるという趣旨の議論がしばしば聞かれる。例えば、「成長戦略実行計画」(2019年)は、「第4次産業革命は、同質的なコスト競争から付加価値の獲得競争への構造変化をもたらす。デジタリゼーションを企業経営者が本格活用し、いかに差別化を図り、付加価値の高い新たな製品、サービスを生み出すかという競争であり、付加価値の創出・獲得が課題である」と述べている。しかし、企業戦略の観点からは価格競争、差別化競争それぞれに利害得失があり、いずれが望ましいかは何とも言えない。

財・サービスの差別化の度合いが大きいほど市場支配力が強くなり、高い利益率に結びつく可能性が高い。しかし、差別化と生産性との関係は理論的には何とも言えない。また、差別化がある場合の生産性の計測は、財・サービス価格をどう取り扱うかという難題を孕むこともあって、差別化と生産性の関係を扱った実証研究は多くない。

こうした問題意識の下、日本企業を対象とした独自のサーベイを設計・実施した。本稿はその結果をもとに価格競争/質の競争と企業特性の関係について、新しい観察事実を提示するものである。

2.データ

本稿で主に使用するのは、筆者が2011~2018年度にかけて3回にわたって行った日本企業を対象とするサーベイ(「企業経営調査」)のデータである。これと「経済産業省企業活動基本調査」のパネルデータをリンクしたデータセットを作成し、分析に使用する。「企業経営調査」では、各企業が価格競争、質の競争のいずれを経営戦略として重視しているかを調査しているので、価格競争戦略/質の競争戦略の実態、質の競争を重視する企業の特性、重視する競争のタイプと収益性・生産性の関係について分析する。

3.分析結果と含意

分析結果の要点は以下の通りである。①価格競争よりも質の競争を重視する企業の方が多く、製造業よりもサービス産業の企業でその傾向が強い(図1参照)。②質の競争を重視する企業は、従業員の学歴が高く、研究開発投資・広告宣伝支出をはじめとする無形資産投資が活発で、プロダクト・イノベーション実施確率が高い傾向がある。一方、企業活動のグローバル化、競争している企業数はあまり関係がない。③質の競争を重視する企業は、価格競争を重視する企業に比べて利益率が有意に高い(図2参照)。生産性もいくぶん高い可能性を示唆する結果が見られるが頑健な違いではなく、質の競争戦略イコール高付加価値経営と一般化することには注意が必要である。

ボリューム・ゾーンをターゲットした価格競争、高い質の製品・サービスへの支払意思が高いユーザーをターゲットにした差別化競争のいずれを重視するかは、基本的には企業の経営戦略の問題だが、差別化による質の競争は日本企業において有効な戦略であり、実際に企業の収益性と正相関がある。本稿の結果だけから直截な政策的含意を導くのは難しいが、研究開発をはじめとする無形資産投資を助成する政策が有用な可能性がある。

図1:価格競争/質の競争のいずれを重視するか
図1:価格競争/質の競争のいずれを重視するか
(注)2011, 2015, 2018年度の調査結果をプールして使用。
図2:価格競争/質の競争志向と利益率
図2:価格競争/質の競争志向と利益率
(注)価格競争を重視する企業、質の競争を重視する企業のROAの分布を図示。