ノンテクニカルサマリー

訪問介護産業の労働生産性—事業所データを用いた分析

執筆者 鈴木 亘 (学習院大学)
研究プロジェクト 日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析」プロジェクト

高齢化の進展により、わが国の介護需要は今後も伸び続けることが予想されているが、同時に進む人口減少により、その支え手となる介護労働力を確保することがますます難しくなる。このため、今後は、介護労働者1人当たりの生産性を引き上げてゆくことが不可欠である。本稿は、各都道府県の協力のもとに厚生労働省が整備し、インターネット上で公開している「介護サービス情報システム」の事業所別データを用いて、訪問介護産業の労働生産性およびその決定要因を分析した。主な発見は以下の通りである。

第1に、製造業やサービス業に関する先行研究と同様、訪問介護についても事業所別の労働生産性には大きな格差が生じている。大きな格差の存在は、訪問介護産業における労働生産性の改善余地が大きいことを意味する。仮に、中央値以下の労働生産性の事業所を中央値まで底上げできるとすると、18.2%~24.3%程度の労働生産性改善が期待できる。

労働生産性1(介護労働者1人当たりのサービス提供時間)
労働生産性1(介護労働者1人当たりのサービス提供時間)
労働生産性2(介護労働者1人当たりの介護報酬)
労働生産性2(介護労働者1人当たりの介護報酬)
労働生産性3(介護労働者1人当たりのサービス利用者数)
労働生産性3(介護労働者1人当たりのサービス利用者数)

第2に、事業所別の労働生産性には、法人種を初めとするさまざまな要因が影響している。①まず、規模の経済であるが、事業所の労働者数については確認出来ず、むしろ規模の不経済が生じている。②同一法人の訪問介護事業所数という意味での規模の経済に関しては、1法人1事業所の場合には有意に生産性が低い。ただし、2事業所以上の場合の規模の経済については明確な関係が見いだせず、指標によっては不経済を示すものもある。③範囲の経済に関しては、居宅介護支援、介護予防訪問介護を同一法人が運営している場合に労働生産性が高い。④また、一定の年数までは操業年数が長いほど労働生産性が高まるというラーニング効果がある。⑤さらに、事業所が所在する市区町村のハーフィンダール指数が低く、市場が競争的であるほど労働生産性が高い。⑥サービスの質については、事業所のサービス水準が高いほど、労働生産性が高くなる。

以上の結果から導かれる政策インプリケーションとしては、まず、1法人1事業所の場合には、複数事業所を持つことを支援したり、零細事業者の合併や連携、協力を進めることが労働生産性向上に有効と考えられる。

また、市場が競争的であるほど事業所の生産性が高まることから、新規参入が行われやすい開かれた市場を、今後も維持・推進してゆくことが重要である。保険者ごとに異なる申請様式、実地指導・監査の方式、規制のローカル・ルール等が参入障壁となっていたり、同一法人の事業所数という意味での規模の経済が働くことを妨げているようであれば、これらを改善することは生産性改善に役立つ。さらに、処遇改善加算や特定事業所加算のように、事業所サービスの質向上を促す施策は、同時に労働生産性の向上にも資するので、さらなる施策の検討余地がある。

兼業については、まず、介護予防訪問介護との兼業は範囲の経済という観点から勧められる。居宅介護支援との兼業については非効率な誘発需要を生み出すとの批判があるが、稼働状況について情報を共有するなど、連携や協力関係を深めることは労働生産性向上の観点から意義があるだろう。

また、事業所の労働者数という意味での規模の経済が働いておらず、むしろ不経済が生じていることは、政策を考える上で示唆的である。サービス提供責任者の配置等に関する人員基準には見直しの余地があるかも知れない。例えば、インターネットを活用したWEB会議システムや、現在、医療・介護の多職種連携で用いられているSNSの活用は、サービス提供責任者が複数の事業所を受け持つことを可能とするだろう。

さらに、特定の時間に利用が集中するというサービスの特性が、労働者数を増やすと稼働率が下がるという意味で、規模の不経済を生じさせている可能性が高い。これに対する対処方法は2つある。1つは、ピーク時に対応できる短時間労働の非常勤職員をさらに増やすことである。具体的には、専業主婦や高齢者、あるいは各種専門学校生や大学生の中から、短時間であれば就業可能な層をさらに掘り起こし、登録ヘルパーとしての活用を図ることが考えられる。もう1つの対処方法は、需要側のピークを分散することである。通勤混雑対策や電力改革で議論されているように、ピークロードプライシングを導入し、ピーク時の介護料金を高くして、オフピーク時の介護料金を下げるような施策を考えることができる。これにより、需要の分散が図られ、介護労働者の稼働率が改善して、労働生産性が高まることが期待できる。