執筆者 | 家森 信善 (ファカルティフェロー)/浜口 伸明 (ファカルティフェロー)/野田 健太郎 (立教大学) |
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研究プロジェクト | 人口減少下における地域経済の安定的発展の研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人口減少下における地域経済の安定的発展の研究」プロジェクト
自然災害に対する事前および事後の備えの重要性は広く認識されているが、現実には、中小企業の対策は十分に進んでいない。例えば、中小企業庁によると、中小企業のBCP策定率は15.5%にとどまっている(「災害時の被災中小企業支援の取組等について」2018年3月)。こうした中、2019年5月に成立した「中小企業の事業活動の継続に資するための中小企業等経営強化法等の一部を改正する法律」(中小企業強靱化法)は、中小企業・小規模事業者の事業継続力の強化の観点から、自然災害に対する中小企業の事業継続力を強化するための金融機関による支援に強く期待している。そこで、本稿では、2018年10月に実施した「事業継続計画(BCP)に関する企業意識調査」(対象:従業員規模20人以上)(回答者2,181社)に基づいて、金融機関からの企業の事業継続活動への働き掛けの現状や課題を分析して、中小企業強靱化法に基づく施策へのヒントを与えることを目指している。
規模の小さい企業、自己資本比率の低い企業、収益力が低い企業ほど、危機が発生した後での資金面での不安が強い。しかし、そうした企業では「緊急時に備えた借入予約を金融機関と締結」といった金融面での対応が困難だとの回答が多かった。財務内容の悪い企業ほど、自然災害への心配が投資の制約になっており前向きの投資が難しいし、あらかじめ借入予約の費用を負担して準備することも難しいだけに、静岡県信用保証協会の災害時発動型予約保証(BCP特別保証)のように、予約時点ではコストが不要であるが安心感を与えることのできる保証制度は注目に値するといえよう。
BCPの策定状況について尋ねてみたところ、「既に策定している」という回答は、全体では22.6%であった(図表1)。この回答結果を、メインバンクの業態別に分けると、大手銀行をメインバンクとしている回答者では32.2%と高い値となっている一方で、地方銀行や信用金庫をメインバンクにしている回答者では10%台となっており、大きな差がある。さらに、地方銀行や信用金庫といった地域金融機関をメインバンクにしている回答者では、「BCPについて知らない」や「策定の予定はない」といった回答が多く、地域金融機関がBCP策定支援に取り組む余地は大きいといえる。
策定の予定はない | BCPについて知らない | 既に策定している | 策定中 | 策定を予定している | 回答者数 | ||
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全体 | 40.2% | 11.6% | 22.6% | 5.8% | 19.8% | 2,007 | |
大手銀行 | 35.5% | 6.4% | 32.2% | 7.7% | 18.1% | 766 | |
地方銀行 | 41.9% | 13.6% | 17.4% | 5.0% | 22.0% | 980 | |
信用金庫 | 42.5% | 18.9% | 13.9% | 4.2% | 20.5% | 259 |
BCPを策定しない理由を尋ねたところ、半数以上の回答者が「策定に必要なスキル・ノウハウがない」を選択しており、スキルやノウハウの支援が不可欠であることがわかる(図表2)。「金融機関からの要請がない」は4割弱の回答者が選択しているが、一方で「保証料や金利の引き下げなどのインセンティブ制度がない」という理由を挙げるのは1割ほどにとどまっており、金融面の誘因の弱さはBCPの非策定の主要な理由ではないことが分かる。なお、企業規模別に見ると、大企業では金融面のインセンティブ制度に大きな効果は期待できないが、小規模企業(とくに、財務状況の悪い企業)では、ある程度の効果を持つ可能性があるという結果が得られた。
策定の予定はない | ||||
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大手銀行 | 地方銀行 | 信用金庫 | ||
策定に必要なスキル・ノウハウがない | 52.5% | 48.7% | 55.0% | 51.0% |
金融機関からの要請がない | 37.5% | 34.5% | 38.7% | 36.6% |
策定する人手を確保できない | 36.5% | 38.3% | 35.9% | 32.0% |
内容や必要性について外部からの説明を受けたことがない | 36.4% | 30.7% | 38.7% | 37.3% |
保証料や金利の引き下げなどのインセンティブ制度がない | 10.5% | 10.8% | 9.7% | 10.5% |
回答者数 | 1,020 | 316 | 535 | 153 |
(注)主なものを抜粋している。 |
BCPを策定していると回答した企業(策定中、策定予定を含む)でも、「金融機関と有事の対応について話し合っている」のは7.2%にとどまり、金融機関と企業の間でリスクマネジメント分野でのコミュニケーションは十分にとれていない。BCP策定者に対して、BCPの運用・改善の課題を尋ねたところ、「必要な人材が不足している」と「運用・改善する時間的な余裕がない」が50%前後の高い選択率となっている一方で、「金利の引き下げなどの資金調達面でのインセンティブが少ない」といった理由をあげているのはわずか1.3%にとどまっており、資金調達面でのインセンティブの弱さがBCP運用にとって大きな障害とはなっていないことが明らかになった。
BCP策定者に対して、「メインバンクは貴社のBCPについてどのように評価していますか」と尋ねてみたところ、「わからない」との回答が6割を超えており、BCPについての対話は金融機関との間でほとんど行われていない(図表3)。同様に、BCPが未整備である企業に対して、「メインバンクはBCPが未整備であることについてどのように評価していますか」と尋ねてみたところ、「整備が必要」だとメインバンクが考えていると認識しているのは10%に満たず、ほとんどが「わからない」や「BCPの策定状況に関心を持っていない」と認識している。これらの結果は、BCPについての対話が金融機関との間でほとんど行われていない現状を示している。
十分だと評価している | ある程度できていると評価している | 不十分だと評価している | 関心を持っていない | わからない | 回答者数 |
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2.3% | 18.3% | 1.4% | 14.3% | 63.7% | 518 |
以上のように、今回の調査によって、金融機関によるBCP策定支援は予想以上に低調であることが明らかになった。顧客企業の経営の持続性の向上は金融機関にとって重要な課題であり、事業性評価に基づく支援の一環にBCP策定支援を含めるべきであろう。
2019年5月に成立した中小企業強靱化法が金融機関の意識改革につながり、中小企業の強靱化に取り組む金融機関が増えることを期待したい。