ノンテクニカルサマリー

スピルオーバー・プールと企業の特許出願行動

執筆者 枝村 一磨 (日本生産性本部)
研究プロジェクト 技術知識の流動性とイノベーション・パフォーマンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「技術知識の流動性とイノベーション・パフォーマンス」プロジェクト

問題意識

Chesbrough (2003)によってオープンイノベーションの重要性が提言されて以来、さまざまな政策が実施されてきた。彼によると、「組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイディアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすこと」とオープンイノベーションを定義しており、この場合の「組織」は企業に限らず、大学や公的研究機関等も含む幅広い概念として考えられている。このオープンイノベーションを巡る一連の議論が、産学官連携を実施する上での理論的背景となりつつある。一方、オープンイノベーションについて議論するためには、外部組織の知識をどれだけ得られるかというスピルオーバーの議論も考慮する必要がある。大学や公的研究機関から知識のスピルオーバーがなければ、企業は「内部と外部の技術やアイディアなどの資源の流出入を活用」することはできない。しかしながら、大学や公的研究機関の知識を企業がどの程度活用しているかについては、データの制約から定量的に把握されてこなかった。そこで本研究では、日本の研究開発統計である科学技術研究調査(以降、科調)を用いて、企業、大学、公的研究機関によるスピルオーバーを定量的に把握することを試みる。また、特許データベースであるIIPパテントデータベースを用いて、企業が利用できる大学や公的研究機関の研究成果のスピルオーバーが、特許出願活動に影響を与えているか否かについても検証する。

結果の概要

特許出願件数が非負の整数値であること、分析に用いるデータがパネルデータであることを考慮し、パネル・ポアソンモデルによる推計を行った結果、企業が外部組織から享受できるスピルオーバー・プールの増加は、当該企業の特許出願件数を増加させていることが示唆された。他の企業、大学、公的研究機関についてスピルオーバー・プールを分割して同様の分析を行っても、各機関によるスピルオーバー・プールの増加が企業の特許出願件数を増加させるという傾向に変わりはない。また、内部使用研究費を基礎研究、応用研究、開発研究と分野別に分割した上で算出したスピルオーバー・プールについても、特許出願件数に与えるインパクトはプラスであり、傾向に差は見られなかった。ただ、インパクトの大きさを外部組織別、研究分野別に測ったところ、大学による基礎研究、企業や大学による応用研究、企業や公的研究機関による開発研究のインパクトが大きいことが示唆された。

表1:スピルオーバー・プールの増加が企業の特許出願件数に与えた影響(1)
表1:スピルオーバー・プールの増加が企業の特許出願件数に与えた影響(1)
注:++は、各係数が1%有意水準で統計的に有意にプラスであることを示す。
表2:スピルオーバー・プールの増加が企業の特許出願件数に与えた影響(2)
表2:スピルオーバー・プールの増加が企業の特許出願件数に与えた影響(2)
注:+、++は、各係数が1%有意水準で統計的に有意にプラスであることを示す。++は+よりもインパクトが大きいことを示す。

ポリシーインプリケーション

本研究で得られた推計結果は、企業の研究開発政策や科学技術イノベーション政策に大きな意義を持つ。企業が大学や公的研究機関による研究開発活動の成果を活用して特許出願を行っているという推計結果から、産学官連携が企業の特許出願活動を効率的に促進させる可能性が指摘できる。産学官連携を行って、企業が大学や公的研究機関の研究者と密にコミュニケーションをとり、外部知識の理解をより進めることができれば、企業にとって研究開発活動や特許出願行動をより効果的に進めることができるかもしれない。一方、企業同士の産産連携についても、企業の特許出願行動にプラスの効果を与えることを示唆する結果を得たが、この結果はあくまで企業の平均的な効果であり、個別企業の場合を考えるとこの効果がプラスに作用するかマイナスに作用するか、作用しないかは連携する企業間の関係性に依存するところも大きい。企業と大学、公的研究機関とは競争関係になりにくいが、他企業との関係はケースバイケースであり、競争相手との連携、親子会社との連携、異業種との連携等、さまざまな場合がある。産学官連携は企業の効果的な特許出願を促す政策として機能する可能性が高いが、産産連携については一律に政策として実施するべきではない。

参考文献
  • Chesbrough, H. W. (2003) Open Innovation, Harvard Business School Press.