ノンテクニカルサマリー

転勤・異動と従業員のパフォーマンスの実証分析

執筆者 佐野 晋平 (千葉大学)/安井 健悟 (青山学院大学)/久米 功一 (東洋大学)/鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

転勤とは転居を伴う異動を指し、大企業を中心に実施されている人事施策の1つである。企業が転勤を行う目的の主要な理由は、「人材育成」にあるとされ、配置転換に伴う仕事幅の広がりによるスキル向上、昇進に向けた能力識別などの効果・メリットが強調される。その一方で、転勤は、日本の正社員の特徴である無限定正社員システムの重要な一角を形成しており、正社員は転勤の命令があればそれを受け入れることが暗黙の了解になっているケースが多いと認識されている。こうした日本における転勤の状況を考慮すると、転勤が従業員およびその配偶者・家族への影響は無視できない。このように転勤のデメリットも顕在化してきおり、転勤を再評価するためには転勤のメリットが単なる配置転換の必要性を超えて何があるのかを問い直すことが重要だ。

本研究では、経済産業研究所(RIETI)が実施した「RIETI転勤・異動・定年調査」を用い転勤経験と従業員のパフォーマンス(賃金、昇進、スキル形成、主観的な指標)の関係を定量的に分析した。同調査は、転勤者を多く把握するために、従業員300人以上の企業に勤めている、現在の勤め先に転勤制度がある、大卒以上、正社員、30~60歳、各年代の50%を転勤経験者とするように設計された。分析対象は月労働時間が300時間未満の男女であり、観測数は4427である。

図1は、従業員のパフォーマンス指標である賃金・昇進と転勤・異動の関係を示した回帰分析の結果である。個人属性を制御したとしても、転勤経験には賃金へのプレミアムが観察される。ただし、転勤経験による賃金のプレミアムと異動経験による賃金のプレミアムには差がない(図1左パネル)。加えて、転勤経験による賃金のプレミアムは同一役職内では観察されないこともわかった。課長以上への昇進については、転勤・異動経験ともに昇進確率を高め、転勤の係数は異動の係数と比べ大きい(図1右パネル)。しかし、属性を制御していくと転勤と異動の差は縮小していく傾向も観察された。

図1:賃金・課長以上昇進と転勤・異動の関係
図1:賃金・課長以上昇進と転勤・異動の関係
[ 図を拡大 ]

転勤回数の多さは賃金や昇進確率を高めるが、賃金に関しては国内転勤回数ではなく海外転勤回数の多さが影響を与える。転勤は、賃金や昇進と関連する職業スキルと正の相関を持つものの、異動経験と比べ強い影響は観察されない。

どのような個人が転勤しやすいかを、就業前の状況と関連づけて分析したところ、中3時の成績、高校時代の遅刻欠席の少なさ、運動系・文化系のクラブを熱心に行っていたことと転勤確率には統計的に有意に正の関係が確認された。これらの就業前の状況は転勤による賃金などのプレミアムの一部を捉えている可能性がある一方で、転勤経験には就業前経験では捉えられない要因によって賃金や昇進などに影響を与えていることも確認された。

主観的な指標と転勤経験の関係を分析したところ、転勤経験者は非経験者と比べ仕事満足度や適職感は高いが、幸福度は必ずしも高くないことがわかった。転勤を断れない、施策がない場合に適職感、仕事満足度や幸福度は低いことも分かった。

転勤による影響を緩和する施策を分析した結果が表1である。希望の可否を聴取するといった労使のコミュニケーション、家族の状況に配慮した多様な雇用形態を認めるなどの環境整備をすることは、転勤による影響を緩和させる可能性が示唆される。

表1:主観的な指標と転勤施策の関係
被説明変数
転勤施策
適職感 仕事満足度 幸福度 転勤への肯定的な評価
可否希望聴取
配慮制度申出可
家族理由で転勤免除可
勤務地限定あり
期間上限あり
地域範囲ルールあり
転勤と昇進は無関係と明示
配偶者理由の勤務地転換あり
注:+は統計的に有意に正の関連を持つことを示す。推定方法は順序ロジットである。説明変数は図1と同様である。転勤への肯定的な評価の分析サンプルは転勤経験者に限定されている。

以上を踏まえた政策的含意は以下の通りである。従業員のパフォーマンスに着目した分析によると、確かに転勤には一定の役割があるとはいえるが、異動と比べ適切な手段であるかは議論の余地がある。転勤への主観的な評価の結果を踏まえると、制度として残すとすれば、従業員本人、配偶者、その他家族への影響を緩和するような制度の整備、希望の可否を聴取するといった労使のコミュニケーションや多様(柔軟)な働き方の確保が重要といえよう。