ノンテクニカルサマリー

リージョナルジェット機産業における公的支援の影響

執筆者 神事 直人 (ファカルティフェロー)/川越 吉孝 (京都産業大学 / クイーンズランド工科大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第IV期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第IV期)」プロジェクト

民間企業や特定産業に対する政府等からの公的支援は、しばしば貿易紛争の原因となってきた。例えば、民間航空機に対する政府の支援として、米国のボーイング社と欧州共同体によるエアバス社に対する支援が挙げられる。ボーイング社とエアバス社の貿易紛争は、大型民間旅客機産業における競争関係に関するものであった。それに対して、1990年代以降に急速に市場を拡大している、客席数が100席前後のリージョナルジェット(RJ)機産業についても、カナダのボンバルディア社とブラジルのエンブラエル社の間で世界貿易機関(WTO)の場で紛争が起こっている。

RJ機は、ボンバルディア社とエンブラエル社どちらの試算を確認しても、今後の需要の大幅な増加が予測されている(図1)。そのため、ロシアのスホーイ社や中国のCOMAC社等が参入しており、わが国においても、三菱航空機株式会社による、三菱リージョナルジェット(MRJ)の開発が進められている。

MRJの開発は、経済産業省が策定した「民間航空機基盤技術プロジェクト」の一環として進められた経緯があり、その後三菱航空機に引き継がれた。全体として約500億円に上る補助金(注1)が支出されてきており、ボンバルディアやエンブラエルを擁するカナダやブラジルとの間の貿易紛争へ発展する可能性がある。

図1:2016年~2036年の運航機数の変化の予測
図1:2016年~2036年の運航機数の変化の予測
注:ボンバルディアによる予測中の「60-100席サイズ」にはターボプロップ機を含む。
出所:Bombardier (2016)とEmbraer (2016)のデータより筆者作成

我々は、RJ機産業の開発補助金の効果を理論的に分析するために、既存のRJ機企業が1社存在する下で、新規のRJ機企業が参入する状況をモデル化した(注2)。この分析では、どちらのRJ機企業も、中間財企業が生産する新旧どちらかの中間財(具体的にはジェットエンジン)を投入しなければならないと仮定している。これは、RJ機は、唯一の企業によって開発されているのではなく、様々な部品を合わせて出来上がっているからである。また、新型の中間財は、新規参入するRJ機企業の研究開発がきっかけで開発されるが、完成した新型中間財は、既存のRJ機企業も利用が可能となることを想定する。

我々の分析によって、新型RJの開発は、開発国の中でのスピルオーバー(波及)効果が大きければ、その国の経済厚生を改善させるという結論を得た。一方で、既存のRJ機を製造する国では、新規のRJ機企業の参入によって市場が独占から複占になるため、一時的に販売量と利潤は低下する。しかし、新型中間財を利用すると、生産の効率性が増すため、結果として通期の利潤が増える可能性がある(例えば、新型中間財の環境性能が優れていて、環境基準を満たすための費用がかからなくなるなど)。また、新規参入企業の方が生産効率で劣っていたり、開発に時間がかかって参入時期が遅れたりすると、既存のRJ機企業には有利に働く。

以上のような我々の理論分析によれば、既存のRJ機企業にとって、新規参入によって一時的には販売量と利潤が低下しても、全体の期間を考えると新規参入のマイナスの影響ばかりとは限らない可能性がある。しかし、過去の貿易紛争では、ある年のわずかなシェアの変動が問題とされたこともあり、注意が必要である。また、現行のWTO補助金相殺措置(SCM)協定において、新規参入によるプラスのスピルオーバー効果があっても、それが新規参入を促す開発補助金の評価において考慮されることは期待できない。さらには、経済学的には輸出補助金とは明確に区別される開発補助金であっても、他国の輸出に対する「悪影響」が立証され、当該企業の退出まで補助金の効果が認定される可能性さえありうる。貿易紛争への発展を注視するとともに、SCM協定の望ましい在り方に関する議論を重ねていく必要があると考えられる。

脚注
  1. ^ なお、本DPにおいて、公開情報からMRJ開発プロジェクトに支給されたことが確認できる補助金の情報をまとめているが、これらの補助金について、WTO補助金相殺措置(SCM)協定の第2条が定める「特定性」の該当可能性については予断していない。
  2. ^ 現在のRJ機産業はボンバルディアとエンブラエルを2大主要企業とする寡占市場であるが、分析を単純にするために、我々のモデルでは既存企業は1社とした。また、RJ機産業の特徴として、エンジンなどの主要な部品(中間財)を(価格支配力をもった)部品メーカーから調達する点や、主要な部品が最終財毎に仕様が異なるものの、費用をかけて他社仕様に変更可能である点、動学的規模の経済性により先行する企業の方がより効率的に生産できる点、また、大型旅客機産業とは異なり、ある程度の公的支援があれば新規参入が可能である点などを考慮してモデルを構築した。