ノンテクニカルサマリー

近年のわが国の地域別旅行者数に関するジップ法則とジブラ法則:訪日旅行者と邦人旅行者の比較

執筆者 小西 葉子 (上席研究員)/西山 慶彦 (京都大学経済研究所)
研究プロジェクト 産業分析のための新指標開発とEBPM分析:サービス業を中心に
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「産業分析のための新指標開発とEBPM分析:サービス業を中心に」プロジェクト

日本はここ数年で例の無いインバウンドブームを経験している。訪日旅行者の滞在先は従来、ゴールデンルートと呼ばれる関東・関西の大都市に集中してきた。一方で、リピーターの増加やSNSなど情報発信ソースの多様化から地方への分散や局地的な旅行客の増加が日常でも観察されている。本稿では旅行者の滞在先の分布とその変動について統計的に観察することを目的とする。分析では、国土交通省の『宿泊旅行統計調査』の宿泊事業所の情報を市区町村別、都道府県別に集計したデータを用いている。分析期間は2011年から2017年である。本稿では以下の3つの分析について外国人旅行者と日本人旅行者の比較を行っている。

1.ある事象のサイズの順序がパレート分布であるというジップ法則性(換言すれば、k番目に大きいデータが一番大きいデータの1/kとなる現象)が観光客の動向にも当てはまるかをランクサイズ回帰(散布図に対して線形回帰により直線を当てはめること)で観察する。

2.滞在者数のランキングは各地域の観光地としての魅力の代理変数であると考えられる。そのランク変動をBatty (2006)で提案されたランククロックというビジュアライゼーションの手法で観察する。

3.期間中の旅行者数の成長率と2011年時点での旅行者数の関係を観察した。両者が関係なく成長率がランダムな場合はジブラ法則(成長率が元の水準に依存しないこと)に従い旅行者数が定常状態であることを示唆する。

表1は、市区町村を滞在者数が多い順に並べて外国人旅行者と日本人旅行者についてそれぞれ上位100位を抜き出してランクサイズ回帰を行った結果である。結果より、外国人旅行者数とそのランクの係数は「-1」に近くジップ法則が観察された。一方、日本人による国内旅行の方が回帰直線の傾きが緩やかであり、外国人旅行客と比較して滞在客数に地域差が少ない。これは外国人旅行者の滞在先の方が集中しており、日本人の旅行の理由が観光、出張、友人知人との会合、帰省など多岐に渡っていることを意味する。

表1:延べ宿泊者数のランクサイズ回帰:上位100市区町村
表1:延べ宿泊者数のランクサイズ回帰:上位100市区町村

次に、1のランクサイズ回帰では観察されないランクのダイナミクスをランククロックによって観察する。図1は期間中に1度でも上位10位になった市区町村についての外国人旅行者、日本人旅行者それぞれの順位変動を描画している。上位10位の構成要素が変化なくその順位も変動がない場合は同心円状になる。中心が1位を表し外に向かって順位が進み、年は12時からスタートし時計方向に進み、12時の位置で2011年と2017年の比較ができるのが特徴である。日本人旅行者の結果は7年間で構成要素が変化なく順位の変動が少ないのが分かる。一方、外国人旅行者は構成要素の変動があり、各線の交点が多いことから順位変動が多いことが分かる。各地域の観光地としての魅力が絶対的であった場合にはランククロックは安定的になるが、外国人旅行者の結果は、各地域の魅力が相対的であること、また嗜好の変化や地域の受け入れ側の努力が影響する余地があることを示唆する。

図1:延べ宿泊者数の市区町村上位10位の推移(ランククロック):2011年-2017年
表1:延べ宿泊者数のランクサイズ回帰:上位100市区町村
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最後に、滞在者の成長率がジブラ法則に従うかについては、日本人旅行者については期間中成長率と2011年の滞在者数に相関はなく、国内旅行者数は安定的で定常状態にあると言える。図2は縦軸が日本人旅行者数の成長率であるが平均成長率は0.2%であった。一方、外国人旅行者数の成長率は、全ての都道府県が10%を超えており平均成長率は28.8%と高い。バブルの大きさは2011年時点での人数を表しており、そのサイズと成長率に負の相関があることが見て取れる。現状外国人旅行者が少ない地域でも今後多くの観光客が訪れて、定常状態に収束する可能性がある。

図2:延べ宿泊者数の年平均成長率(2011-2017年)と訪日旅行客のサイズ(2011)について
図2:延べ宿泊者数の年平均成長率(2011-2017年)と訪日旅行客のサイズ(2011)について

本稿は市区町村データを用いて日本の外国人、邦人旅行の滞在先分布を統計的に分析した初めての分析であり、また日本のデータをランククロックに適用した初めての分析でもある。本分析を通じて、日本人旅行者の行き先やその規模は非常に安定的であり、一方、訪日旅行客は規模の成長率が高く、各地域の順位の変動が大きいことが分かった。また、近年は規模と成長率に関係があり、現在旅行客が少ない地域ほど高い成長率を実現できることが各種定量分析により明らかになった。

参考文献
  • Batty, M. (2006) "Rank clocks," Nature, Vol 444, pp. 592-596.