ノンテクニカルサマリー

“大学での専門分野と仕事との関連度”が職業的アウトカムに及ぼす効果―男女差に注目して―

執筆者 本田 由紀 (東京大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

日本では、大学の専門分野と仕事との対応関係は希薄であること、特に文系ではそれが顕著であることが、従来は一般社会でも研究においても前提とされてきた。日本経済が好調であった1960年代から80年代にかけては、大学教育ではなく企業内教育訓練で仕事上必要なスキルが形成されているとされ、それが「日本的雇用慣行」の強みであるとさえみなされていた。

しかし、日本の経済面での低迷が続いている1990年代以降、そして今世紀に入ってからはいっそう、大学教育が「仕事の役に立たない」ことが問題視されるようになり、「仕事の役に立つ」ように大学教育を変革することへの政財界からの圧力が高まっている。その中で、財界からの提言の中には、専門分野の境界を希薄にしてゆくことを主張するものすら見られる。

しかし、大学の専門分野をそれほど軽視してよいのだろうか? 在学中に学んだ専門的な知識やスキルを無駄にするのでなく、仕事でも活かせた方が、大学教育にかけた時間や費用というコストを回収できるのではないか? 専門分野と関連した仕事に就くことは、仕事に関して望ましいアウトカムにつながっているのではないか?

このような関心から、本研究では、経済産業省が2018年1月に実施した、30代から50代の男女有職者を対象とする調査データを分析した。性別・雇用形態別に、大学の専門分野と現在の仕事が関係している度合い(以下〈関連度〉と呼ぶ)を示したものが図1である。正規・男性の半数弱、正規・女性の4割は、大学時代の専門分野と関連する仕事に就いている。少ないと言えば少ないが、無視できる割合でもない。ただし非正規では〈関連度〉はずっと低くなる。

図1:性別・雇用形態別〈関連度〉の分布
図1:性別・雇用形態別〈関連度〉の分布

そして図2には〈関連度〉別に年収を示した。正規・男性、正規・女性、非正規・男性、非正規・女性のいずれのグループでも、〈関連度〉が高いほど年収も上がっている。しかし気になるのは、男女間、正規・非正規間で、〈関連度〉が同じであっても年収格差が著しいこと、そして女性の場合は男性と比べて右上がりの傾きが緩やかであることである。

図2:性別・雇用形態別 関連度別 年収
図2:性別・雇用形態別 関連度別 年収

この〈関連度〉と年収との関係を、他の変数を統制して多変量解析により分析すると、男性では正規・非正規ともに〈関連度〉は年収に正の効果をもっていたが、女性では正規・非正規ともに〈関連度〉から年収に対する統計的に有意な効果は見いだされなかった。ちなみに、仕事満足度を従属変数とした同様の分析では、非正規・女性を除いて〈関連度〉は正の効果をもっている。〈関連度〉が高い方が、就いている仕事のスキル水準も高くなる。

男性では〈関連度〉が高い方が年収も満足度も上がるからには、やはり大学の専門分野と関係した仕事に就くことは重要な意味をもっている。この分析結果からは、企業は社員が大学で学んできた専門的な内容を考慮した職務配置を行った方が望ましいという示唆が得られる。

しかし、ではなぜ女性では〈関連度〉が年収を高める効果をもたないのか? それについて、正規の男女に対象を絞ってさらに掘り下げた分析を行ったところ、女性内で相対的に賃金の高い管理職、専門・技術職、事務職において、男性と比べて〈関連度〉が高くないこと、また理工系出身者では男性では〈関連度〉が年収に影響しているが女性はそうではないことなど、複数の要因が背後にあることがうかがわれた。男女間では、職種の分布そのものが異なっているだけでなく、同じ職種の内部でも性別職域分離により仕事内容に男女で違いがあることは既存研究でもすでに指摘されてきたが、大学での専門分野が収入の増加に結び付く形で活かされているかどうかに関しても、男女間で相違があることが確認されたのである。

男性では見いだされた、〈関連度〉のポジティブな効果を、女性にも広げてゆくためには、大学での専門分野の男女間の偏りや、企業内での女性の職務配置における専門性への配慮など、大学側・企業側双方の改善努力が必要とされていると考えられる。