ノンテクニカルサマリー

中間財貿易の内外延:理論と実証

執筆者 荒 知宏 (福島大学)/張 紅詠 (研究員)
研究プロジェクト オフショアリングの分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「オフショアリングの分析」プロジェクト

貿易の弾力性は、1%だけ貿易費用(輸送費や関税など)が低下する際に、どれだけ輸入量が増加するかを測る指標であり、近年の研究 (Arkolakis et al., 2012) によると貿易利益を測る十分統計量の1つであるとされる。貿易費用の低下により、輸入量が増加すれば、自国内での消費量が増加することになるので、この弾力性が貿易利益と直接的な関係性があるという考え方は直感的である。では、この貿易の弾力性を計量的にどのように測るかというと、重力方程式と言われる下記の関係式から求めることになる。

\(Imports^I_{ji}=Constant^I×\frac{GDP^\alpha_i×GDP^\beta_j}{(Trade\ barriers_{ji})^{\epsilon^I}}\)

この方程式はi国とj国の間の輸入量は、それぞれの国のGDPが大きいほど、また両国の間の貿易費用が小さいほど、大きくなることを示す。図1は本研究で用いた中国の通関データから、これが成立するかを示したものであるが、上の関係性が成り立っているのが分かる。貿易の弾力性は、この方程式にある に当たり、既に多くの先行研究により計測されてきた。一方で、先行研究で十分に探求されていないのは、これが中間財貿易と最終財貿易でどのように違うのかという点で、我々の関連する理論研究 (Ara, 2019) では、貿易の弾力性は最終財よりも中間財の方で内生的に大きい、即ち\(\epsilon^I>\epsilon^F\)となることが明らかにされている(ただし、上付きのIは中間財、Fは最終財を指す)。

図1:輸入額に対する「重力の法則」
図1:輸入額に対する「重力の法則」
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出所:Ara and Zhang (2019)
(注) (a)から(c)の各パネルにおいて、左図・中央図・右図はそれぞれ総輸入額・輸入企業数・平均輸入額を示す

本研究では、Ara (2019) の理論予測を確かめるために、以下のような拡張を行った。理論面では、複数産業と非対称国にモデルの設定を拡張し、実証分析を行う際により適切な指針を提供できるようにした。実証面では、貿易費用を距離(輸送費の近似)だけでなく、関税も同時に分析した。これらの貿易費用は理論的には輸入額に似たような影響を持つが、実証的には両者には大きな違いがある。具体的には、距離は財や年度によって同じであるのに対し、関税は財や年度によって異なるという点である。よって、距離だけでなく関税においても、先の理論予測(\(\epsilon^I>\epsilon^F\))が成立するかは必ずしも自明ではない。本研究の主要な結果は、理論面では非対称的な貿易自由化による反直感的な厚生効果が得られた点(Lemma 1-2)、実証面では貿易の弾力性は、距離と関税の2つの貿易費用について、最終財よりも中間財において大きいことを示した点である。

詳しくは論文を参照していただくとして、ここではこの結果から得られる知見について簡単に紹介する。まず、我々の分析結果は近年の世界貿易の傾向を理論的・実証的に説明するのに役立つ。特に、最終財のシェアよりも中間財のシェアが大きくなっているが、この背後には、関税削減は最終財貿易よりも中間財貿易に大きな貿易の弾力性があるためというメカニズムがあることが明らかにされた。次に、関税は距離と違って政策変数でもあるので、両者を区別することは政策立案の観点からも重要という政策的含意が挙げられる。垂直特化により生産工程が各国に細分化されている昨今の貿易形態では、中間財が最終財よりも国境を超えて頻繁に貿易されることになるので、中間財に対する関税削減は最終財に対する関税削減よりも大きな厚生効果をもたらしうる。このことは貿易の弾力性が貿易の種類によって違うことを理解するのは、貿易自由化による厚生効果の違いを知るのに有用であることを意味する。

参考文献