ノンテクニカルサマリー

迅速な倒産手続と銀行救済

執筆者 植田 健一 (東京大学 / TCER / CEPR)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

2008年の世界金融危機後、大きな問題となったのは、銀行救済であった。特に「大きくて潰せない 銀行については、政府は救済せざるを得ず、それが分かっているために、大銀行はリスクを取りすぎて、金融危機を呼び起こしたのではないか」という議論(Too Big to Fail問題)が、欧米諸国で政治的にも大きいサポートを得た。そのため、バーゼル銀行委員会や金融安定理事会(FSB)での議論も、銀行救済の可能性をどのように低減すべきかということを、金融安定化策の中心課題に据えた(注1)。

そこで出てきたのが、プルーデンシャル規制(資本規制など)の強化と、迅速な倒産手続(特に大手銀行のリビングウィルなど)などであった。資本規制は、いざという場合、銀行自体がある程度対応能力を持つことを意味する。また、迅速な倒産手続は、いざという場合、倒産の仕方自体で揉めることでますますの事態の悪化を防いだり、またどこに連鎖的な影響が出るのかをすぐに把握できるようにすることで、経済全体への影響を予測できることになる。また、倒産に関する対応の遅れで事態が悪化するのは、過重債務に陥った家計や企業でも同じことであるため、そうした家計や企業に対しても、各国は、迅速な倒産手続を採用した。

しかしながら、この論文では、むしろ逆の結果が成り立つことを示す。往々にして、シンプルな債務削減のルールが決められ、そのため迅速になされる倒産手続は、まさに迅速性のために、じっくりとした交渉の末に決められる倒産方法や債務削減策に比べれば、必ずしも債権者と債務者にとって最良の結果ではなくなる。もちろん、それが分かった上で、交渉による金銭的、時間的ロスと事態の悪化などのコストを考えれば、迅速な倒産手続の方が割に合うことは多々ある。

シンプルで迅速な倒産手続では、債務者による一定の資産の保持を認めた上で、それ以外は債権者が差し押さえることが一般的だ。これは、ミクロの不完備契約の理論の一般的な結論でもあり、またマクロ金融経済理論でよく仮定されているものでもある。

しかし、預金保険や銀行救済などない世界では、もしテールリスクが起きると、まず借り手は一斉に倒産し手元に一定の資産を保持し、銀行も倒産し手元に一定の資産を保持することになる。その一方、預金者はほとんど何も保持できない。つまり、預金者がテールリスクの被害を一番被ることになる(注2)。

ここで、通常の経済理論では、政府もまた一般国民と同じ制約に面すると仮定して、政府が何ができるかを問う。この場合、実は何もできない。しかしながら、理論的には多少無理があるが、現実的な議論として、政府は一般国民より少しだけできることがこの場合はある。それは、倒産した人からも、消費税をとることができるということだ。民間どうしの契約では、一旦倒産すると、倒産した人が保持が許されている資産を、さらに取り上げることはできない。しかし、政府は消費税をとることでそれができる。

つまり、銀行救済という名目で、銀行に入れた資金はすべて預金者に回すことを要求した上で、預金者をテールリスクから救う(倒産者の保持資産と同様のレベルにする)。その上で、その資金は消費税として、すべての人(借り手、銀行、預金者)から取り立てれば、すべての人がテールリスクを同じだけシェアすることになる。これはいわば預金保険を、事後に消費税で賄うのと同じであり、保険がある分だけ、事後に預金者はテールリスクが少なくなることから得をする。本稿の理論では、預金者になるか借り手になるかは運であり、また、銀行家か企業家(借り手または預金者)かは事前に職業選択で決める。そのため、事後の預金者のテールリスクの減少は、事前の企業家になるリスクの低減となり、すべての人が歓迎することになる。

ところが、銀行救済という保険は、消費税で賄われるため、コストがダイレクトに伝わらない。そのため、保険の便益だけを理解して、銀行や借り手は無理をし、預金者もそれに応じる(モラルハザード)。それを防ぐためには、資本規制が必要となる。

逆に言えば、ある資本規制のもとでの制度化された銀行救済プログラムは、すべての人の厚生を増加させる。なぜかと言えば、そもそも簡便で迅速な倒産手続による倒産の際の資産の配分が、(じっくり交渉してからのものに比べ)最良のものとなっていないからだ。ただそのような迅速な倒産手続は、前で説明したように、意味がある。したがって、銀行救済もまた、適度な資本規制があれば、避けるべきものとは言えない。

脚注
  1. ^ なお、米国ではドッドフランク法により連銀の緊急救済措置が禁止された。欧州連合では、メンバー国の銀行救済は原則禁止で、行うときは事前了承を得る必要があることとされた。
  2. ^ なお、比較的簡単に倒産ができる米国では、州ごとに倒産者が保持できる資産が異なるが、最もゆるいとされるフロリダ州では、その額はほぼ1億円程度と言われる。また、銀行家も銀行が潰れる直前にやめていれば、多額の報酬を返す必要は通常ない。この問題は報酬規制の議論にもつながった。