ノンテクニカルサマリー

取引関係を通じたマークアップ率の相関

執筆者 中村 豪 (東京経済大学)/大橋 弘 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 産業組織に関する基盤的政策研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「産業組織に関する基盤的政策研究」プロジェクト

本研究では、取引関係にある企業間で、マークアップ率(限界費用に対する製品価格の比率)がどのように相関しているのか、日本企業の大規模なデータセットを用いて分析している。企業レベルのマークアップ率を計測する手法はいくつか提唱されているが、ここではDe Loecker and Warzynski (2012)やDe Loecker, Eeckhout, and Unger (2018)で用いられている、生産関数推定の結果に基づく手法を採用している。計測されたマークアップ率の値と、企業の取引関係のデータを組み合わせることで、サプライヤーのマークアップ率が高い時に、その企業のマークアップ率は高い傾向にあるのか、それとも低い傾向にあるのかを推定によって確かめた。なお、多くの企業にとって、サプライヤーは複数存在するため、それらのマークアップ率の平均値との関係を見ることになる。

企業活動基本調査の2001~2016年のデータを用いて132産業・47,752社のパネルデータからマークアップ率を計測し、東京商工リサーチの企業相関ファイルから同定されたサプライヤーのマークアップ率との相関を見ると、下の表のような結果が得られた。すなわち、製造業でも非製造業でも、いくつかの要因(企業年齢や生産性など)を制御した上で、各企業のマークアップ率は、そのサプライヤーのマークアップ率と有意に負の相関を持つことが観察されている。そして、その傾向は製造業よりも非製造業において顕著である。マークアップ率推定のもとになる生産関数の推定手法をさまざまに変えて分析を試みたが、以上の結果は頑健なものであった。

この結果の政策的な含意は以下のようにまとめられる。サプライヤーと顧客企業のマークアップ率がどのように相関するかを左右する要因はいくつかあるが、そのうちの1つが顧客企業の需要の性質である。顧客企業の製品やサービスが、他社のものより優れており大きく差別化されている場合、顧客企業が直面する需要関数は非弾力的なものとなり、高いマークアップ率をつけることができる。そのような顧客に部品や原材料などを提供しているサプライヤーは、そのような顧客の需要関数の性質を反映して、やはり高いマークアップ率をつけることができるだろう。企業間のマークアップ率の差異が、主としてこのような需要の属性によってもたらされているのであれば、サプライヤーと顧客のマークアップ率は正の相関を見せるはずである(逆に、顧客企業の市場における競争の度合いが高い場合には、サプライヤーと顧客企業のマークアップ率はトレード・オフとなる)。

ところが本研究の分析ではそのような正の相関の傾向は見られなかった。ここから日本企業、特に非製造業においては、新たな需要を生み出し、より多くの利益を得ようという傾向が弱いということが示唆される。

表:サプライヤーのマークアップ率との相関
係数 標準誤差 P値
製造業
(Nobs. = 126,032)
-0.080 0.035 0.022
非製造業
(Nobs. = 125,267)
-0.294 0.088 0.001
被説明変数を各企業のマークアップ率とし、説明変数として企業属性、産業属性、年ダミーを制御したときのサプライヤーのマークアップ率の係数。
産業毎にクラスター化した標準誤差を用いている。
参考文献
  • De Loecker, Jan, Jan Eeckhout, and Gabriel Unger. 2018. "The Rise of Market Power and the Macroeconomic Implications."
  • De Loecker, Jan and Frederic Warzynski. 2012. "Markups and Firm-Level Export Status." American Economic Review 102 (6): 2437-71.