ノンテクニカルサマリー

タックスヘイブンと国際的なライセンシング

執筆者 Jay Pil CHOI (Michigan State University)/石川 城太 (ファカルティフェロー)/大越 裕史 (ミュンヘン大学)
研究プロジェクト オフショアリングの分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「オフショアリングの分析」プロジェクト

アイルランド、オランダ、ルクセンブルク、スイス、バミューダ、ケイマン、シンガポールなどの国や地域は、法人税や源泉課税などを低率に抑えるといった税制優遇措置を講じており、タックスヘイブンと呼ばれる。多国籍企業は、移転価格を通じて企業の利潤をタックスヘイブンにシフトし、税金の支払いを大幅に減らしているとの報告が多数ある。とくに、特許といった無形資産の国際間移動は容易なため、無形資産を活用した利潤移転が顕著である。

このような節税対策に対して、OECDは、海外子会社等の関連者との取引価格を独立した第三者間の取引と同等の価格で行うことを求めるアームズ・レングス原則(ALP)を提唱した。ALPには、基本三法と呼ばれる「独立価格比準法(CUP法)」、「原価基準法(CP法)」、「再販売価格基準法(RP法)」に加えて取引利益法と呼ばれる「取引単位営業利益法(TNM法)」、「利益分割法(PS法)」がある。同じ製品について同じ条件下での第三者間取引を比較対象取引とするCUP法がALPに最も則した方法と言えるものの、比較対象データの入手が難しいため、第三者情報が入手しやすい取引ごとの営業利益の水準を比較するTNM法の使用が最も多い。

本論文は、簡単な理論モデルを構築し、タックスヘイブンが存在する場合にCUP法とTNM法が、無形資産のライセンス戦略や経済厚生にどのような影響を及ぼすかを分析している。ALPのもとでは、多国籍企業が子会社に加えて外部企業にライセンスを供与するとCUP法が適用され、子会社と外部企業のロイヤリティを同一にする必要が生じる。多国籍企業が外部企業にライセンス供与しないとTNM法が適用され、子会社へのロイヤリティは(同様な機能リスクに直面している)比較対象企業を参考に税当局が決めることになる。いずれの場合も、多国籍企業の利潤移転に制約がかかることになる。

本論文では、以下の結論を得ている。1)多国籍企業と自国にある外部企業が自国の財市場で競合しない場合には、ALPの導入により、自国の税収は増えるものの、ライセンス供与が停止すると財価格が上昇して消費者が損失を被ってしまい、自国の経済厚生が下がる可能性がある。2)多国籍企業と自国にある外部企業が自国の財市場で競合する場合には、ALPの導入により、逆にライセンス供与がある方が財の供給が減って消費者が損失を被ってしまい、自国の経済厚生が下がる可能性がある。ライセンス供与が行われるのに財の総供給が減ってしまうメカニズムは、多国籍企業が子会社の生産量を絞ることで外部企業の生産量を増加させ、外部企業からのロイヤリティ収入を増やそうとすることにある。

ALPは、多国籍企業のタックスヘイブンへの利潤移転を抑制して税収を上げる効果を持つが、同時に生産者や消費者にも影響を与える可能性がある。ALPを適用する際には、税収増の効果にのみ注目するのではなく、ローカルな企業や消費者への影響にも十分注意を払う必要がある。

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