ノンテクニカルサマリー

産業集積における低生産性企業に関する理論

執筆者 リカード=フォースリッド (ストックホルム大学)/大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト オフショアリングの分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「オフショアリングの分析」プロジェクト

論文の概要

本論文は企業の異質性を考慮したもとでの空間経済理論モデルを構築した。Baldwin and Okubo (2006)は 企業の異質性を一番単純な空間経済理論モデルであるFootloose Capital Modelに応用した。しかし、一番単純な空間経済理論モデルのため、非対称な2国のモデルであり、前方連関後方連関効果などなく、単純さゆえに標準的な空間経済理論の特色の多くを反映できていない。そこで、本論文では標準的な空間経済モデルであるFootloose Entrepreneur Modelと企業の異質性とを統合し、標準的な空間経済理論の特徴を持つようなモデルを構築した。

分析の結果、図1のように輸送費の低減により徐々に集積が形成され(Gradual Agglomeration)、生産性の低い企業がコアに集中することが分かった。また、図2のように都心部での厚生水準は地方よりも逆に低くなることが分かった。これはBaldwin=Okuboモデルと対称的である。多くの近年の実証分析結果ではBaldwin=Okuboモデルが示唆するように、生産性の高い企業がコアに集中することが分かっている。しかし一方で生産性の低い企業の集積や都市部への集中も、少なからず観測されており、本論文はこのような事象を説明できると思われる。

図1:均衡ダイアグラム(縦軸は高技能労働者あるいは起業家の地域1の比率。横軸は貿易自由度(輸送費の逆数):輸送費が低減するにつれ高い値になる。)
図1:均衡ダイアグラム
図2:各地域の起業家の厚生水準(横軸は貿易自由度。赤線が地方・周辺部の水準、青線が都心部での水準)
図2:各地域の起業家の厚生水準

グローバリゼーションと産業集積・都市

近年のグローバリゼーションでは、資本や人的資本、労働は地域あるいは国の間を自由に移動できるが、このため、どのように人的資本を集め定住させ、イノベーションを起こしていくかが地域・国の成長のキーになってきている。しかし、世界の大都市のいくつかでは、低生産性企業や低スキルの労働者が集積し、あるいは都市のスラム化や貧困が進行している。グローバリゼーションが進むにつれて、このような問題が深刻になっていることがデータで知られている。

実際、先進国においても都市内部で局地的に空洞化したり、低スキルの労働者が局地的に集積する一方、郊外やアクセスのいい近郊に高生産性企業や高スキルの労働者が集積することがある。本論文ではこのメカニズムを明らかにした。資本・人的資本の移動を自由にし、輸送費を低減させていくと、高生産性企業や起業家、高技能労働者は単に都心部の人口規模や利潤が大きいからではなく、市場競争や市場へのインパクト、自らの生産性、市場環境を考慮して立地を決定する。自らが高生産性であるため、立地する市場への影響は大きく、都心部に立地すると競合して競争は激化し、自らの収益も逆に下がる可能性がある。このため、競争の激しい都心部への立地を避け、むしろ郊外やアクセスのいい近郊都市に立地したほうが得策となる。

政策的インプリケーション

地方を活性化するためにさまざまな公共政策を行ってきているが、グローバリゼーションが進むと都心部の活性化、国際化、高質化のための都市政策が求められる。都市部では自然に高質な企業が国内外から集まってくるとは限らなくなるのである。国内外から積極的に優秀な人材を集められるような都市作りが必要となる。政策としては、補助金、税金優遇などではなく、高質な知的労働者や高スキル労働者の活躍を支援するような政策、プラットフォーム作り、規制の撤廃などが重要である。都市部における大学の研究や教育の強化、国際化も重要であり、研究を中心として知的投資を政策的に積極的に行うべきである。知的労働者や高技能労働者への投資も行うべきだろう。このような都心部での政策を軸に、郊外の開発、郊外と都心部とのアクセスの向上を行い、郊外や近郊都市における高質な知的労働者や高スキル労働者の集積、高質な企業の立地を促進するようにすべきと考えられる。郊外や都心に近い地域の開発は高質な企業や起業家の受け皿にできるため、都市の生産性維持にとって非常に有用であると思われる。

地方創生において、地方を活性化させるために、地域間格差是正のため都心部を押さえつけることは間違っており、むしろ、資本や人的資本の地域間・国際間移動を加速している今日においては、低生産性企業や低スキル労働者の都心部への流入や集積の可能性、都心部の生産性の衰退を警戒すべきである。

参考文献
  • Baldwin, R. E., & Okubo, T. (2006). Heterogeneous firms, agglomeration and economic geography: spatial selection and sorting. Journal of Economic Geography, 6(3), 323-346.