ノンテクニカルサマリー

工業系公設試法人化の規定要因と効果

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「イノベーション政策のフロンティア:マイクロデータからのエビデンス」プロジェクト

2003年に地方独立行政法人法(以下、地独法)が施行され、地方自治体が設立した病院、大学、公設試験研究機関(以下、公設試)などの一部が法人化された。2019年時点で、工業系公設試の16%が法人化されている。本研究は法人化をインセンティブシステムの変化(法人格付与による特許権の継承、自律的な経営資源配分)ととらえ、その規定要因と効果を公設試験研究機関現況、IIPパテントデータベースなどをもとに定量的に評価した。規定要因に関する分析結果は以下の通りである。

  1. 財政が非常に健全か、非常に不健全な地方自治体が法人化を選択する。
  2. 公設試予算の総予算に占める比率が低い地方自治体が法人化を選択する。
  3. 総職員数が大きい公設試ほど、法人化が適用される。
  4. 技術相談件数が多い公設試ほど、法人化が適用されない。

効果に関する分析結果は以下の通りである。

  1. 法人化は特許出願件数を増やすが、ロイヤリティには影響を与えない。
  2. 法人化は技術普及・中小企業支援活動から研究・発明活動へと重点をシフトさせる(図1参照)。
  3. ほとんどの法人化公設試にとって、技術相談件数増加は、ロイヤリティ減少を意味する。
  4. 法人化公設試が法人化されていなかった場合、ロイヤリティは10%から23%増加していた。非法人化公設試が法人化されていた場合、ロイヤリティは49%から155%増加していた。(表1参照)

結果の含意は以下の通りである。

  1. 法人化がパフォーマンスの改善を企図して導入されたとは言い難い。その結果、制度を利用すべき公設試が利用せず、利用すべきでない公設試が利用した。地独法の趣旨に鑑みて、これは意図せざる結果と言える。
  2. ロイヤリティの増加には、発明を理解し、ライセンシーを探索するTLOのような媒介機関の役割が重要である。媒介活動には規模の経済性が働くため、ノウハウや人的資源をプールし、費用を共有するような、広域機関の設立または既存機関の改組が必要である。
  3. 技術相談は地域ニーズの理解、企業との協働を通じて、商業化に適した発明を生み出す素地となる。しかし、法人化公設試において技術相談はこうした機能をほとんど持たない。農業系と異なり、工業系公設試では研究者が技術相談を担う。技術相談の増加が研究に割ける時間を減少させる結果、学位取得者比率の高い研究機関型公設試でのみ可能な高インパクトの基礎発明が生まれにくくなる、と考えられる。したがって、法人化公設試の外部評価において、技術相談件数を過度に重視した数値目標の設定が行われると、かえってパフォーマンスが低下する。
  4. この問題を根源的に解決するには、農業系公設試のように、研究・発明機能と技術普及・中小企業支援機能を分離し、前者を独法、後者を公的セクターとして運営することも一案である。ただし、この戦略は研究機関型公設試と地域の大学との機能的重複を示唆する。重複投資を回避するには、地域シーズ・ニーズと密接に関連したニッチ研究領域を特定化するなどの戦略が必要となる。
  5. 技術相談は共同研究・共同発明・共同出願の基盤としても機能する。法人化によって技術相談の機能が低下し、特許の単独出願が増加する場合、媒介機関の役割が一層重要になる。また、非法人化公設試は特許をロイヤリティに結びつける能力が低い。したがって、効率的な媒介機関の果たす役割は、公設試全般にとって非常に重要である。

ロイヤリティは、ライセンシーの売上増加に公設試の特許が貢献したという点で、公設試の地域経済への貢献を評価する指標の1つである。しかし、事実上無料で利用可能な技術相談は、より多くのユーザ企業の生産性改善を通じて、より広範な社会的インパクトを持つと考えられる。技術相談の地域経済への貢献メカニズムの解明と技術相談の真のインパクトの定量評価が、エビデンスに基づく地域イノベーション政策の設計にとって喫緊の課題である。

図1:因子負荷量
図1:因子負荷量
表1:反事実分析
表1:反事実分析