ノンテクニカルサマリー

日本の自由貿易協定は日本の国際貿易を拡大させたのか?

執筆者 安藤 光代 (慶應義塾大学)/浦田 秀次郎 (ファカルティフェロー)/山ノ内 健太 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 貿易自由化政策の効果に関する研究:90年代以降の日本に関するミクロデータを用いた分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「貿易自由化政策の効果に関する研究:90年代以降の日本に関するミクロデータを用いた分析」プロジェクト

近年、自由貿易協定(FTA)は、世界中の国々が注目する主要な貿易政策の1つとなっている。遅ればせながら日本も、2002年に発効したシンガポールとのFTAを皮切りにFTA締結を進め、2019年7月現在、17のFTAを発効させている。世界のトレンドからは遅れたものの、現在では、発効後ある程度の年数が経過したFTAも存在し、その経済的効果の事後的な評価を検証することは、学術的な研究のためだけでなく、FTA政策の立案のためにも、必要不可欠となっている。

本論文は、日本のFTAを中心に、FTAの二国間貿易への影響を分析したものである。具体的には、1995年から2016年を分析対象期間とし、2016年までに発効した15の日本のFTAに着目し、その相手国である17のFTA相手国との貿易への効果を検証している。推定方法としては、最小二乗法(OLS)とポアソン類似最尤推定法(PPML)を用いているが、PPMLの場合には、貿易額の対数を取る前の値を使うためゼロ貿易という情報も考慮できるなどのメリットがあることから、PPMLでの分析結果を中心に見ていく。まず日本の輸出・輸入のデータを用いて、全製品および主要商品における日本のFTAの効果を検証したところ、表1の貿易全体での分析結果が示すように、日本のFTAの効果はFTA相手国によって異なること、そして、輸出も輸入もそれぞれ半分以上のFTA相手国との貿易(17カ国のうち輸出で12カ国、輸入で11カ国)において貿易拡大効果が認められることが明らかになった。ところが、同期間において、日本の貿易だけでなく第三国間貿易も考慮して同様の分析を行うと、日本の輸出あるいは輸入だけの分析において貿易拡大効果が認められたFTA相手国であっても、貿易拡大効果が依然として認められるケースもあれば、認められなくなるケースもあることが明らかになった。いずれの分析においても貿易拡大効果が認められたのは、例えば貿易全般においては、17のFTA相手国のうち輸出で9(53%)、輸入では4(24%)のみ、商品別かつFTA相手国別の分析では輸出でも輸入でも136ケースのうち3分の1ほどである。

また、FTAが発効したからと言って、自動的にFTAの低い関税率が適用されるわけではない。企業がFTAについて知り、どのように利用するかを学ぶためにはある程度の時間がかかるかもしれないし、FTAでの関税が段階的に削減・撤廃される商品もある。そこでFTA発効後の年数に着目してFTAの動学的な効果を検証してみたところ、貿易拡大効果が徐々に大きくなるケースがあることもわかった。図1は、固定効果を含めてPPMLで推計し、5つ以上統計的に有意なケースに関して有意な係数のみを図示したものであるが、この図から、貿易拡大効果が大きくなるケースを確認できる。

日本の貿易だけでなく第三国間貿易も考慮して分析した際に貿易拡大効果が認められなくなったケースについては、FTA相手国の他の国々との貿易も考慮すると、日本のFTAは、そのFTA相手国との貿易の拡大に十分には貢献しなかったと示唆される。言い換えれば、FTA相手国との貿易が増加したケースであっても、FTA相手国は他の国々との貿易をもっと増加させたということだろう。これまで筆者らが主張してきたように、日本のFTAによるFTA相手国との貿易の拡大を実現させるためには、例えば使い勝手のよい原産地規則を設定したりFTA利用をサポートするサービスを提供するなどといった、FTA利用の円滑化が重要である。

表1:FTAの分析結果:日本の貿易のみ vs 世界貿易
表1:FTAの分析結果:日本の貿易のみ vs 世界貿易
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図1:FTAの動学的効果:日本の貿易のみ vs 世界貿易
図1:FTAの動学的効果:日本の貿易のみ vs 世界貿易
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