ノンテクニカルサマリー

物的担保・経営者保証が起業に及ぼす影響

執筆者 本庄 裕司 (ファカルティフェロー)/小野 有人 (中央大学)/鶴田 大輔 (日本大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

日本の起業率や起業活動が他の先進諸国と比較して低水準であることは、さまざまな研究で示されてきた(例えばHonjo 2015)。また、その一因として、起業に際して資金調達が難しいことがしばしば指摘されてきた。しかし、資金制約が起業を阻害しているかについて、海外では多くの実証研究が行われてきたが、結果についてはコンセンサスが得られていない。一方日本では、そもそも実証研究の蓄積が乏しい。

そこで、本稿では、資金制約が起業を阻害しているかどうかを実証的に分析する。本稿の特徴は2点ある。第一は、総務省統計局「就業構造基本調査」の個票データを用いて、起業家を、起業前の「起業家予備群」と実際に起業した「起業家」に分けたことである。個人が起業するまでにはいくつかの段階があることが知られているが(例えばDavidson and Honig 2003)、本稿では、2種類の起業家予備群(起業の意欲をもつ個人、起業を準備している個人)および実際の起業家を識別することで、潜在的な起業家がどの段階で資金制約に直面するかを検証している。

第二に、中小企業庁「中小企業実態基本調査」を用いて、資金制約の変数として、各都道府県における物的担保、経営者による個人保証(経営者保証)の利用率を作成したことである。先行研究では、資金制約の変数として、潜在的な起業家のもつ個人資産、遺産や宝くじによる個人資産の増加、地価変動による自宅の担保価値の変化などが用いられてきた(注1)。これに対して本稿では、潜在的な起業家が居住する地域における物的担保と経営者保証の利用率それぞれを用いて、資金制約が起業に及ぼす経路を識別することを試みている。

日本では起業のための資金調達手段として銀行融資が少なからぬ割合を占めることが知られている(例えば日本政策金融公庫総合研究所・鈴木2012)。銀行融資ではしばしば物的担保や経営者の個人保証が求められるが、これらはそれぞれ異なる経路で起業に影響を及ぼすと考えられる。まず、起業家が所有する担保として提供可能な企業資産あるいは個人資産(日本の場合、不動産が主)の多寡は、その負債調達能力(debt capacity)に影響する。ただし、起業家の物的資産の多寡が負債調達能力に及ぼす影響は、貸し手が借り手のキャッシュフロー創出力に着目した貸出を行っているか、借り手の保有資産価値に着目した貸出を行っているかにも依存する。もし地域レベルの物的担保の利用率と起業との間に負の関係性が見いだされるのであれば、借り手の保有資産価値に依存した融資を行っている金融機関の多い地域では、担保として利用可能な物的資産の不足が起業の制約となっていることを示唆している。

これに対して、経営者保証には、物的担保のような物理的な制約は存在せず、意思さえあれば誰でも提供可能である。ただし、経営者保証がある場合、事業が失敗した場合に起業家の手元に残る自由財産が減少するため、経営者保証はリスク回避的な個人の起業意欲にマイナスの影響を及ぼすと考えられる。もし地域レベルの経営者保証の利用率と起業との間に負の関係性が見いだされるのであれば、潜在的な起業家のリスクをとる意欲の欠如が起業の制約となっていると考えられる。

本稿で得られた主要な結果は、以下の通りである。第一に、経営者保証の利用率が高い地域では、その地域に住む個人が起業家予備群になる確率は低い。例えば図1では、都道府県別に集計した起業意欲率と経営者保証利用率をプロットしているが、両者の間には有意な負の相関関係が2007年において見いだされる。また、こうした経営者保証の負の影響は、実際の起業家については見いだされなかった。第二に、物的担保の利用率は、起業家予備群、実際の起業家のいずれにも有意な影響を及ぼしていない(図2参照)。なお、こうした結果は、起業に関する他の要因を考慮した回帰分析や、物的担保や経営者保証利用率の内生性を考慮した変数を用いた分析でも同様であった。

図1:起業意欲率(縦軸)と経営者保証利用率(横軸)
図1:起業意欲率(縦軸)と経営者保証利用率(横軸)
図2:起業意欲率(縦軸)と物的担保利用率(横軸)
図2:起業意欲率(縦軸)と物的担保利用率(横軸)

本稿の分析結果からは、日本の低水準の起業率の原因が、担保として利用可能な物的資産の不足ではなく、潜在的な起業家のリスクテイク意欲の欠如にあることが示唆される。また、政府が取り組んでいる経営者保証に依存しない融資の推進は、潜在的な起業家の起業意欲を高める可能性がある。ただし、起業家予備群と経営者保証利用率の負の関係は、2012年には見いだされなかった(図1)。その背景には、政府がこれまでに取り組んできた担保や保証に過度に依存しない融資の推進や破産法制の改正(自由財産の拡大など)によって、経営者保証が起業意欲を低下させる効果が薄れてきている可能性がある。

脚注
  1. ^ 資金制約の変数として個人資産を用いる場合、起業確率との間に内生性の問題(例えば、能力の高い個人は個人資産を多く保有する一方で起業確率が高いという見せかけの相関)が生じることが指摘されてきた。このため、遺産や宝くじのような外生的な個人資産の増加や、居住地域の地価変動といった個人の資金調達に影響する外生的ショックに着目する研究が増えてきた。
参考文献
  • Davidsson, P., Honig, B., 2003. The role of social and human capital among nascent entrepreneurs. Journal of Business Venturing 18, 301-331.
  • Honjo, Y., 2015. Why are entrepreneurship levels so low in Japan? Japan and the World Economy 36, 88-101.
  • 日本政策金融公庫総合研究所・鈴木正明, 2012. 『新規開業企業の軌跡:パネルデータにみる業績,資源,意識の変化』,勁草書房.