ノンテクニカルサマリー

新自由主義と移民に対する態度

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人々の政治行動に関する実証研究ー経済産業面での政策的課題に対するエビデンスベースの処方箋の提示を目指して」プロジェクト

移民に対する人々の態度に関する既存研究では、新自由主義的なイデオロギーが人々の間で移民に対して排斥的な態度を引き起こすことが指摘されている。そしてそれは、西欧諸国の事例を中心に、国民の支持を得るために、急進的な右派政党が市場メカニズムを重視するイデオロギーと権威主義的な社会的保守主義を結合させたメッセージを発してきたことに由来するものだと論じられてきた。しかしながら、このような議論はまだ十分に検証されていない。また、急進的な右派政党によるものというよりも、新自由主義的なイデオロギーに賛同する人ほど、将来の財政負担の懸念から、低技能の移民の流入に反対しているだけであり、必ずしも移民受入れそのものに反対しているわけではない可能性が存在する。新自由主義的なイデオロギーがどのようなメカニズムで移民排斥的態度に結びついているのか、両者の関係を解明するため、本研究では、急進的な極右政党が国政の場に存在していない日本をケースとして、そこで行われた全国調査とサーベイ実験から得られたデータを実証的に分析する。

分析結果によると、日本においても、西欧諸国と同様に、新自由主義的イデオロギーに賛同する人ほど、移民に対して排外的な態度をとる傾向が見られた。ただ、興味深いことに、移民の出身国によって、両者の関係性の強さが大きく異なり、図1に示されるように、中国や韓国、フィリピン出身の移民に対しては、新自由主義者ほど受入れに反対する傾向が強いのに対して、ドイツやアメリカ出身の移民に対しては、そうした傾向はあまり見られなかった。こうした傾向は、人々の間でドイツやアメリカ出身の移民のほうが一般的に高技能であり、財政的な負担になる可能性がより小さいと考えられているために生じた可能性が存在する。そこで、次に移民の国籍や技能レベルを操作したサーベイ実験を行った。実験では、以下のような質問をして、その賛否を5段階で回答してもらった。技能レベルについては、移民に関する既存研究と同様に、教育水準で操作し、高卒と大学院卒の2条件で設定し、国籍については、受入数が多く、態度が大きく異なる中国人とアメリカ人の2条件を設定し、全部で4つの組み合わせが存在する。回答者にはそのうち1つを無作為に選んで、質問した。

「次に、在留外国人についてお聞きします。あなたが生活している地域に、(高卒・大学院卒)の(中国人・アメリカ人)住民が増えることに賛成ですか、反対ですか。あなたの意見に最も近い選択肢を選んでください。」

この実験結果からは、図2に示されるように、新自由主義的イデオロギーに傾斜する回答者ほど、移民の技能レベルの認識に敏感であり、熟練度の高い移民を歓迎する一方で、熟練度の低い移民に強く反対することが示された。これらの結果は、新自由主義的なイデオロギーと反移民的な態度が、単に急進的な右派政党の影響によるものではなく、むしろ移民の技能レベルに対する認識によるものであることを示唆している。つまり、本研究結果から、新自由主義的イデオロギーを持つ人々は、労働力としての移民の技能レベルを評価しており、技能の低い移民に対してより否定的な態度をとっているということが明らかになった。

図1:新自由主義的傾向が移民受入れの態度に与える影響(出身国別)
図1:新自由主義的傾向が移民受入れの態度に与える影響(出身国別)
新自由主義的イデオロギーと移民受入れに反対する態度の間に強い正の相関関係があるほど、大きな値を示している。横棒は95%信頼区間を示す。上から、中国、韓国、フィリピン、日系ブラジル、ドイツ、アメリカ出身の場合。
図2:新自由主義的傾向が移民受入れの態度に与える影響(熟練度別)
図2:新自由主義的傾向が移民受入れの態度に与える影響(熟練度別)
図の中の点は、新自由主義的傾向が移民受入れに対する態度に与える影響を推計した値を示している。縦棒は、95%信頼区間を示す。低熟練度移民の場合、新自由主義者ほど受入れに反対する態度が強いのに対して、高熟練度移民の場合、新自由主義者ほど受入れに賛成する態度が強い。