ノンテクニカルサマリー

日本における高齢者就業の制度的抑制要因

執筆者 小塩 隆士 (ファカルティフェロー)/清水谷 諭 (中曽根平和研究所)/大石 亜希子 (千葉大学)
研究プロジェクト 社会保障の中長期課題への対応に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第四期:2016〜2019年度)
「社会保障の中長期課題への対応に関する研究」プロジェクト

本研究では、長期的な成長政策や社会保障改革にとって重要な政策課題となっている、高齢者就業の促進策を取り上げ、制度改革の効果を分析することを目的としている。高齢者就業がどこまで促進されるかによって、経済の長期的な供給制約や社会保障財政は大きく左右される。また、就業のあり方は健康面などを通じて、高齢者の厚生(well-being)にも大きく影響する可能性がある。そのため、本研究では、高齢者による就業・引退や労働時間に関する意思決定が、公的年金やその他の関連制度とどのように関係しているかを、制度的な抑制要因を集約した指標(ITAX; Implicit tax rate)を用いて検討するとともに、そこで得られた分析結果を用いて、制度改革の効果を具体的に試算する。

具体的には、厚生労働省「中高年齢者縦断調査」の2005~2016年調査の調査票情報を用いて、各時点における各年齢の個人が、その時点でどのような年金制度や税制に直面しているかを過去に遡って調べる。なかでも、公的年金の保険料率や給付単価、支給開始年齢、在職老齢年金、個人所得税率などの制度的パラメータが注目点となる。そして、それらのパラメータに基づき、引退を1年先延ばししたときに、生涯にわたって受け取る年金総額の増減や追加的に支払う年金保険料・税負担等がどうなるかを個人ごとに計算し、その合計額の1年前の賃金に対する比率を算出する。これが、ITAXである。この値がプラスであれば就業継続は不利となり、マイナスであれば有利となる。つまり、ITAXは、公的年金などの各種制度による就業抑制効果を税率の形で集約した変数と言える。

次に、調査時点の1年前まで就業を続けていた人が、調査時点において引退したか、それとも、パートタイム就業またはフルタイム就業を行ったかを上述のITAXで説明する回帰式を男女別に推計する。同様の回帰分析は、労働時間(引退の場合はゼロ)についても行う。さらに、(1)在職老齢年金制度の廃止、(2)公的年金の支給開始年齢の70歳への引き上げ、(3)高齢者雇用継続給付の対象年齢の69歳までの延長、という3つの制度改革を取り上げ、それぞれが実施されたときにITAXがどのような値をとるかをそれぞれの個人について試算し、それを仮想的(counterfactual)ITAXとする。この仮想的ITAXと回帰係数に基づいて、制度改革の効果を計算する。

こうして得られた、制度改革の効果に関する試算結果のうち、(1)と(2)の効果を比較したものが下図である(男性の場合)。このうち、(2)の場合、つまり、公的年金の支給開始年齢を70歳に引き上げると、60代前半層では、引退する確率、パートタイムの仕事に就く確率はそれぞれ6.3%、3.5%低下し、フルタイムの仕事に就く確率が9.8%上昇する。60代後半層では、引退、パートタイムはそれぞれ5.9%、5.5%の低下、フルタイムは11.4%の上昇となる。これに比べると、(1)、すなわち在職老齢年金を廃止した場合の効果は、とりわけ60代後半層で限定的となる。同様の試算は、労働時間についても行っている。

以上の試算が示唆するように、高齢者就業の促進策としては公的年金の支給開始年齢の引き上げが大きな効果を持つ。「全世代型社会保障」の実現を目指して、具体的な統計データと定量的な分析に基づいたさらなる政策論議が求められるところである。

図:年金制度改革が高齢者就業に及ぼす影響(男性の場合)
図:年金制度改革が高齢者就業に及ぼす影響(男性の場合)