ノンテクニカルサマリー

スチュワードシップコード、機関投資家と企業パフォーマンス:国際比較研究

執筆者 白石 勇太郎 (東京工業大学)/池田 直史 (東京工業大学)/蟻川 靖浩 (早稲田大学)/井上 光太郎 (東京工業大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

現在、先進国の株式市場では、経済の成熟化と共に、年金基金等を受託した機関投資家が主たる投資家となっている。日本でも上場企業全体の過半数の株式は信託勘定や外国人投資家など、機関投資家で占められている。このため、機関投資家が投資先企業に対するモニタリング機能を担い、投資先企業のコーポレートガバナンスが改善されることが期待されている。しかし、個々の機関投資家は効率的投資を実現するため、幅広い銘柄への分散投資を行っており、各投資先企業に対する持分は非常に小さい。このため、個々の機関投資家は、コストをかけて投資先企業へのモニタリングを行っても、その企業価値の改善効果のうち、自らに帰属するは非常に小さいことから、他の株主によるモニタリングにフリーライド(ただ乗り)しようとすることが予測される。したがって機関投資家の株式保有比率の上昇は、先進国の上場企業におけるコーポレートガバナンスの弱体化を招く懸念がある。2008年の金融危機の背景には、機関投資家による責任あるモニタリングの欠如があるとの認識があり、英国では機関投資家とその投資先企業の間の責任ある対話を通したコーポレートガバナンスの強化を目的に、2010年にスチュワードシップコードが策定された。

スチュワードシップコードは、罰則規定等を伴う法制度ではなく、各機関投資家がコードにサインするかどうかを決定し、サインをした場合はその個々の内容を遵守するか、何らかの事情で遵守しない場合は説明を行うという、いわゆるComply or Explainルールが採用されている。実際には英国では2010年の同コード導入後、主要な機関投資家のほとんどがその年内にサインをしている。その後、2016年までに13カ国がスチュワードシップコードを導入した、日本も2014年に同コードを導入し、その後の半年内に160の主要機関投資家がサインをしている。

本稿は、2010年から2016年の期間の13カ国におけるスチュワードシップコード導入が、導入国における機関投資家によるモニタリング行動を強化したかを検証した。本研究では、次ページの表に示しているように、13カ国が異なるタイミングで同コードを導入していることを利用し、非導入国を含めた56か国の上場企業データを用い、差分の差の分析(difference-in-difference分析)によるコード導入効果の検証を行っている。

分析の結果、スチュワードシップ導入はその国の上場企業の中でも、機関投資家比率の高い企業の株主価値のみを上昇させることを確認した。この効果は、同コード導入以前の時期では見られず、導入年以降のみに見られること、特に問題企業に対する積極的交渉行動を促進するアクティビズム指針を含んだコードの導入国で顕著な株主価値増大効果があるとの結果を得た(次ページの分析結果1)。また、同コード導入は、投資機会の乏しい企業の配当比率を上昇させ、一方で現金保有比率を減少させる効果を持ち(次ページの分析結果2)、これは同コードが機関投資家によるモニタリングの強化を通して、投資先企業の資産効率を改善する効果を持つことを示唆する。

本研究は、筆者たちの知り得る限りスチュワードシップ導入効果に関する最初の国際的な証拠提示ある。本研究結果は、集合として重要な株主となった機関投資家によるコーポレートガバナンスへの貢献に対し、スチュワードシップコードなどソフトローが効果を持つことを示唆するものである。本研究結果の政策的含意として、日本でも導入され、その後も強化が図られているスチュワードシップコードやコーポレートガバナンスコードが、重要な経済政策の手段となりうることを示唆する。

表