ノンテクニカルサマリー

「一帯一路」の内側からの改革~ソフトロー外交による日本の貢献の可能性~

執筆者 ウミリデノブ ・アリシェル (名古屋経済大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第IV期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第IV期)」プロジェクト

中国が2013年より推進している「一帯一路」は、深い統合に資する21世紀型自由貿易協定か、既存の国際経済法枠組みに対抗するものか、あるいは全く新しい法的枠組みなのか、国際経済法学者の中でも意見が分かれている。「一帯一路」が成功すれば、中国に対する貿易と投資の流れを変える力を与えるかもしれないが、当面の間、中国が期待するほど、国際経済法の枠組みに挑戦することにはならないだろう。柔軟で慎重なアプローチを採用し、緩やかに組織化されたソフトローの手段を使用して、中国は海外のより多くの市場を確保するよう中国企業に働きかけている。国際投資協定、世界貿易機関の規則、および「一帯一路」参加国と締結された租税条約の既存の枠組みは中国にとって妥協可能な限界ラインであり、中国の国益に沿わない限り、他の国際経済ルールに拘束されることを望まない。しかし、政府の強力な支援を受けている中国(国有)企業との海外での競争は、「債務の罠」を伴う国際融資、ひも付き援助、投資決定における競争的中立性、および国際入札など、先進国の民間企業に困難な課題を投げかけている。しかし、現在進行中のこの激動の国際的な政治経済状況において、環太平洋パートナーシップ協定のような国際経済法規則の高度な標準化を通じて中国を封じ込めるのは間違いのようだ。中国およびそのインフラ・プロジェクトに対する多くの「一帯一路」参加国からの歓迎メッセージを考慮すると、厳しい条約法の義務を通じて中国の不公正な慣行を抑制するのは、ほとんど無駄な試みである。「FTAを通じたルール作りに深く関わる多国間主義者」の先進国が「一帯一路」参加国の市場で中国と共存するための型破りな方法を見つけ出すことが不可欠だろう。

先進国が中国のイニシアチブに対処する建設的な方法の1つは、「一帯一路」を敵視することではなく、市場ルールに基づいた高水準の基準による条件付きアプローチによって、中国企業と第三国市場で協力することである。中国とその壮大な戦略を満足させる唯一の実行可能な方法は、ソフトロー外交に他ならない。実際、「一帯一路」の実現に向けて柔軟性を確保するため、中国は条約に基づく法的枠組みを戦略的に回避し、覚書などグローバル・ガバナンスが弱くあいまいなソフトロー文書に多くを依存している。日本はこの挑戦的な仕事を達成できる最良の候補者である。固有の地理的位置、ASEANでの激しい競争、および中国との強く絡み合った市場における補完性により、内部からの革新的なソフトロー・ツールを通じて「一帯一路」を改革させる日本の可能性を過小評価してはならない。国境を越えたインフラ連結の分野におけるソフトローの一種である、G20大阪サミットで採択された「質の高いインフラ投資」の諸原則が、中国との第三国市場協力活動推進メカニズムとともに、第三国市場において中国のパートナーとインフラの質を高める唯一の機会を日本に提供できるのである。タイの東西経済回廊プログラムにおける日中協力は、中国政府が「第三国市場協力」を真剣に推進するのか、それとも全く無駄な試みに終わるのかの試金石になるだろう。

中国との「第三国市場協力」を円滑に機能させるため、下記の三点を提案する。

①中国との「第三国市場協力」の多国間体制での内容の充実
これまで中国が締結した第三国市場協力覚書の中で内容の一番乏しいのが日中間の覚書である。西欧諸国と中国が締結した同様の覚書は、はるかに多くの重要なルールを含んでいる。中国との協力が進む中、インフラ投資先の国を加えた3カ国間体制で内容の充実した覚書を締結する必要性があろう。

②グローバル・パートナーとの協力による「自由で開かれたインド太平洋戦略」および「質の高いインフラ投資」の発信
「一帯一路」と比べ、日本政府による世界への発信が不足している「自由で開かれたインド太平洋戦略」および「質の高いインフラ投資」を、伝統的なパートナー国である欧州連合、米国、インド、オーストラリアだけでなく、ASEAN、中央アジア、アフリカ、南米諸国にも引き続き発信することが必要不可欠である。

③現地の専門家の活用
日本はこれまで中央アジア諸国と東南アジア諸国で「日本法教育センター」やJICAによる法整備支援プログラムを行っており、中国だけでなく、欧州諸国にも競争相手がない。特にASEANのベトナム、カンボジア、ラオスや、中央アジアのウズベキスタン、モンゴルにおける日本の大学の法学部卒業生の大きなコミュニティは、提案されたインフラ投資プロジェクトを国益に照らして評価する際に非常に重要な役割を果たすことが期待される。

日本と中国の第三国市場における協力の仕組み
図:日本と中国の第三国市場における協力の仕組み