ノンテクニカルサマリー

輸入競争と製品転換:日本の事業所・製品レベル・データによる実証分析

執筆者 Flora BELLONE (Université Côte d' Azur)/Cilem Selin HAZIR (Leibniz Institute of Ecological Urban and Regional Development)/松浦 寿幸 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 貿易自由化政策の効果に関する研究:90年代以降の日本に関するミクロデータを用いた分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「貿易自由化政策の効果に関する研究:90年代以降の日本に関するミクロデータを用いた分析」プロジェクト

近年、グローバル化と経済格差の関係が世界的に注目を集めている。低所得国、特に中国からの輸入が先進各国で急増しており、米国では中国からの輸入の影響を強く受ける地域で製造業の雇用が減少するのみならず社会保障受取額などが増加するなどの影響がみられることが報告されている。一方、日本については、これまでの実証研究によれば、詳細な品目で分析すると途上国からの輸入により雇用が減少している業種もあるが、一国全体で見て深刻な影響が出ているとは言い切れないとされている。

そこで本研究は、輸入の増加に対して日本の製造業企業がどのように対応しているのかを製品ポートフォリオの変化に注目して分析を行った。具体的には、工業統計(経済産業省)による6桁レベルの事業所-製品レベルのパネルデータを作成し、中国からの輸入比率の変化でみた競争圧力の高まりが事業所の製品構成の変化に及ぼす影響について分析した。

次の表は、1997年から2007年にかけて、6桁品目ごと計算した中国からの輸入比率の変化幅が中央値よりも大きな品目を「輸入競争品目」、小さな品目を「その他の品目」とし、その品目を主要製品として生産する事業所(工場)の生産品目数の変化状況を表にまとめたものである。各行は1997年時点での生産品目数、各列は2007年時点での生産品目数を示し、各セルは1997年時点でX品目生産していた事業所のうち2007年時点でY品目生産している事業所の比率を示す。また、「5+」は5つ以上の品目を生産している事業所を示す。例えば、表の2行目2列目(1列目が0とナンバリングされているため、1とナンバリング)の19.07は1997年時点に2品目を生産していた工場のうち2007年には生産品目数が1になった工場の比率を示す。また、赤く塗られているセルは、上下の表の同じセルで数値が大きくなっている方を示す。例えば、2行目2列目のセルの値を「輸入競争品目」と「その他」で比較すると、それぞれ19%と15%になっており数値の大きい「輸入競争品目」の値が赤く塗られている。この表を眺めると、「輸入競争品目」では対角要素より左下に赤いセルが集中する、すなわち相対的に品目数を減らす事業所が多いことが分かる。また、右端の2列は期首の生産品目数ごとにみた、生産品目を減らした、あるいは増やした事業所のシェアであり、生産品目を増やした事業所のシェアは6~8%にすぎにないのに対して、生産品目を減らした事業所のシェアは6割以上で、かつ「輸入競争品目」を生産する事業所ではそのシェアが高くなっていることが分かる。これらの事実は、国際貿易による競争の激化が事業所の生産品目の調整を加速させていることを示唆するものである。

表:事業所生産品目数の遷移確率行列(1997-2007, 単位:%)
表:事業所生産品目数の遷移確率行列(1997-2007, 単位:%)

さらに回帰分析の結果からは、競合する輸入品の増加は複数財生産事業所において当該製品の生産額および生産継続確率に有意に負の影響を及ぼしており、この影響は特に2007年までのサンプルで顕著であった。しかし、事業所レベルでみると、事業所レベルの売上、あるいは事業所の存続確率に対する輸入の負の影響は、単一財生産事業所でしか観察されず、企業は輸入競争に対して主に製品構成変化で対応していることが分かった。

最後に、製品レベルの中国向け輸出の影響についてみたところ、製品レベルの売上や生産継続確率に対してプラスの効果があり、輸出の拡大が輸入の負の影響を和らげる効果を持つことが示された。米国の場合と異なり、日本の中国向け輸出は中国からの輸入とほぼ拮抗していることが知られているが、わが国において輸入の負の影響が顕在化していない1つの理由はこうした輸出入構造の違いにあると考えられる。また、少子高齢化が進むわが国の経済成長戦略を考えるうえで、アジア新興国経済の成長活力の取り込みが重要であるとされているが、今回の分析結果はこの主張をサポートするものである。