ノンテクニカルサマリー

誘致か自由化か:目標設定された投資政策の海外直接投資流入に与える影響

執筆者 稲田 光朗 (宮崎公立大学)
研究プロジェクト 直接投資および投資に伴う貿易に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「直接投資および投資に伴う貿易に関する研究」プロジェクト

投資政策は海外直接投資を引きつける重要な政策手段となってきた。投資政策によって引きつけられた海外直接投資は、輸出や研究開発活動を通じた技術波及効果によって、受入れ国の生産性成長に貢献している。そこで、政策担当者は多国籍企業に自国市場を対外開放してきたのだが、近年、彼らはもう一歩踏み出して、自国の発展戦略と一貫する目標設定された投資政策を打ち出すようになった。こうした近年の投資政策に関する定量的な効果について、経済学者の注目が集まりつつある。ところが、先行研究では投資政策は開発途上国では効果があるが、先進国では効果がないと指摘されており(Harding and Javorcik, 2011)、どのような投資政策が海外直接投資の誘致に有効であるか十分な合意がない。

本研究は2つの投資政策 (選択的自由化と目標誘致)を検討し、2つの政策手段のどちらがより海外直接投資流入に効果的であるのか実証的に分析するものである。表は2010年から2018年までに各経済グループが実施した目標設定された投資政策についてまとめたものである。この表からは、選択的自由化が、先進国と開発途上国の両方で最も使われている手段であること、目標誘致が2番目に使われている手段であることが分かる。したがって、どのような投資政策が海外直接投資を引きつけるのに有効であるかを理解するためには、これら2つの主要な政策手段を比較することが不可欠である。

表:2010年から2018年までの各経済グループにおける投資政策手段 (個数)
全手段 選択的自由化 目標誘致 特別優遇
世界 481 339 84 58
先進経済 116 102 10 4
開発途上経済 365 237 74 54
(出所) UNCTAD investment policy hubから筆者作成。

この研究では中国のWTO加盟によって生じた政策変化の前後で影響を受けた産業と受けなかった産業を比較する、差の差推定を検証する。この政策変化は2つの政策的変動をわれわれに提示してくれる。1つは、投資制限から投資許可への分類変更である。これは選抜した産業に対して投資自由化を与える政策、つまり選択的自由化である。もう1つは、投資許可から投資奨励への分類変更である。これは目標設定した産業に対して投資誘致を与える政策、つまり目標誘致である。

本研究の追加的な特色は、投資政策は新規事業の投資を促すべきか、あるいは既存事業の投資拡大を促すべきか検討することである。一般的な投資政策は多国籍企業による新規事業の投資を暗黙に仮定している。しかし、FDIの標準的な理論 (Helpman et al., 2004)は、生産性閾値を乗り越えて対内直接投資を行うことのできる比較的大企業と予測されている。したがって、既存の進出企業は比較的大企業である一方、投資を促す新規の進出企業は比較的小規模企業であると想定される。このように、新規事業の投資、あるいは既存事業の投資拡大のどちらがより有効であるかについても実証的に検討することは重要な政策課題を有している。

図は1999年から2007年までの中国における多国籍企業子会社に関する産業別集計データから得た差の差推定による係数推定値を図示したものである。この図からは、選択的自由化は海外直接投資流入をもたらす効果があったが、目標誘致は効果がなかったことが分かる。選択的自由化は、とりわけ既存事業拡大によって直接投資流入をもたらしていたことも分かった。こうした結果は、選択的自由化が目標誘致よりも海外直接投資流入に効果的であることを示すものである。

図:目標設定された投資政策を受けた産業ダミーと各年ダミーの交差項の係数推定値
図:目標設定された投資政策を受けた産業ダミーと各年ダミーの交差項の係数推定値
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(注) 点線は推定された効果の90%信頼区間を表す。

さらに、目標誘致は輸出を増加させた一方、選択的自由化はイノベーションを増加させたことが分かった。これは、2つの投資政策が補完的に機能する可能性も示している。

選択的自由化は、先進国で最も使われている海外直接投資を引きつける政策手段である。Harding and Javorcik (2011)では、目標誘致のみに注目して、投資政策が先進国で効果がないと指摘した。しかし、本研究の結果は、開発途上国で選択的自由化が有効であることを示しており、選択的自由化を検討することは先進国で重要であるかもしれないことを示唆している。こうした結果は、日本政府によるプロジェクト型規制緩和への努力を支持するものと考えられる。

参考文献
  • Harding, Torfinn and Beata S Javorcik. 2011. Roll out the red carpet and they will come: Investment promotion and FDI inflows. The Economic Journal 121 (557):1445-1476.
  • Helpman, Elhanan, Marc J. Melitz, and Stephen R. Yeaple. 2004. Export versus FDI with heterogeneous firms. The American Economic Review 94 (1):300-316.