執筆者 | 花岡 智恵 (東洋大学) |
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研究プロジェクト | 日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本と中国における介護産業の更なる発展に関する経済分析」プロジェクト
介護施設で働く労働者の数や職種は介護サービスの質に影響を及ぼすことが、多くの先行研究で指摘されている。介護サービスの質をより良くするための取組みを検討するには、介護施設で働く介護福祉士などの労働供給の決定要因を検証することが求められている。とりわけ、介護福祉士資格を有するものの介護産業で働いていない潜在介護福祉士の存在が指摘される中、介護福祉士有資格者を介護現場に呼び戻し、定着を図ることは、介護人材確保策を検討する上で重要な課題である。
海外のデータを使用した近年の研究では、景気の状況が介護施設で働く労働者の供給に影響を与えていることが示されている。本研究では、日本の県別失業率で計測した景気状況の変化が、老人保健施設で働く介護職員数に与える影響を、介護福祉士有資格者と介護福祉士の資格を持たない者とに分けて検証した。
都道府県レベルの集計データを使用した結果、失業率が高いほど介護老人保健施設における死亡率が低下する傾向が確認された(下図参照)。これは、米国のnursing homeのデータを使用した先行研究と一致する結果であった。回帰分析の結果、失業率が高まると、施設入所者あたり介護職員数は増加する傾向が示された。介護福祉士の資格有無別にみると、失業率が高まると施設入所者あたり介護福祉士数が増加する傾向が示されたものの、介護福祉士資格を持たない介護職員数が増加する傾向は認められなかった。また、施設入所者あたり介護福祉士数が増加すると死亡率が低下する傾向が示された一方で、介護福祉士資格を持たない介護職員が増加すると死亡率が低下するという傾向は認められなかった。
なぜ、失業率が高まると、施設入所者あたり介護福祉士数が増加するのであろうか。考えうるメカニズムは以下のとおりである(ここでの議論は、鈴木(2011)およびAntwi and Bowblis (2018)を参考にしたものである)。介護職員の給与の源泉である介護報酬は3年間固定されている。景気後退期に他産業で失業、労働時間や時給の低下に直面した労働者は、景気の影響を受けづらい介護職で職探しをすることが予想される。この時に介護福祉士の資格は有利に働くことが予想される。結果として失業率が高い時に相対的に介護技術の高い介護福祉士有資格者の供給が増加すると考えられる。
本稿の政策的インプリケーションは以下のとおりである。景気が悪化すると老人保健施設での死亡率が低下する傾向の背景には、介護福祉士の動向が影響を与えている可能性がある。介護サービスの質の高さに応じた介護サービス価格を設定できれば、景気変動による介護福祉士の流出入をある程度抑制でき、介護サービスの質の改善に寄与する可能性が示唆される。
- 参考文献
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- 鈴木亘 (2011)「介護産業から他産業への転職行動の経済分析」『季刊家計経済研究』90: 30-42.
- Antwi, Yaa Akosa and John R. Bowblis (2018). "The impact of nurse turnover on quality of care and mortality in nursing homes: evidence from the Great Recession." American Journal of Health Economics, 4: 131-163.