ノンテクニカルサマリー

関税、垂直寡占、市場構造:実証研究

執筆者 荒 知宏 (福島大学)/張 紅詠 (研究員)
研究プロジェクト オフショアリングの分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「オフショアリングの分析」プロジェクト

近年、中間財の世界貿易に占めるシェアは、最終財に比べて増加する傾向にある。図1は2000年から2010年にかけて中国の輸入量の推移を中間財と最終財に分けて示したものであるが、中間財貿易は最終財よりも高いシェアを占め、両者の差は急速に広がっていることが分かる。一方、図2は2000年から2010年にかけて中国の平均関税の推移を示したものであるが、最終財への関税だけでなく、中間財への関税も同様に半減していることが分かる。中間財貿易の増加は中国に限ったことではなく、世界中での関税削減による貿易自由化や、オフショアリングやアウトソーシングを伴った生産工程の細分化などにより、中間財貿易は最終財貿易に比べて、急速に伸びていることが多くの国で観察されている。これらの事実は中間財貿易を最終財貿易から明確に区分して分析することの重要性を示唆するが、近年の先行研究では中間財に関する貿易政策の分析は理論的にも実証的にも十分になされていない。

図1:中国の輸入量の推移
図1:中国の輸入量の推移
図2:中国の平均関税の推移
図2:中国の平均関税の推移

本研究では、Ara and Ghosh (2017, RIETI DP)(注1)の理論予測を、中国の通関データを用いて実証的に検証することを行った。Ara and Ghosh (2017)は市場構造により企業数が外生的に固定か内生的に決まるかが貿易政策にとって決定的に重要であるとし、以下の2つの理論予測を構築した。

(1) 市場構造が外生的ならば、中間財の関税削減は各企業の輸入量(内延)のみを増加させるが、市場構造が内生的(市場構造が新規参入によって内生的に決まる)ならば、中間財の関税削減は新規企業の参入(外延)も同時に促す。
(2) 市場構造が外生的ならば、自国の競争度が高いほど中間財への輸入に課される関税は高いが、市場構造が内生的(市場構造が産業の競争度によって内生的に決まる)ならば、自国の競争度が低いほど中間財への輸入に課される関税は高い。

まず1点目は、中間財の関税削減は中間財の総輸入量を増加させるが、その増加は各企業の輸入量(内延)によるものか、または新規企業の輸入市場への参入(外延)によるものかを区別する必要があることを意味する。中国の通関データを用いて分析を行った結果、中国の2001年末のWTO加盟後には内延の増加だけでなく外延の増加も起こってしており、内生的な市場構造の理論予測により近いことが判明した。しかしながら、総輸入量の増加に占める外延の寄与率は、内延の寄与率に比べると、相対的に小さいことも判明した。本研究の推定結果によると、例えば関税を10%から0%へ削減させると、総輸入量は1.8%増加するが、このうち内延の寄与率が1.4%であるのに対し、外延の寄与率は0.4%に過ぎない。したがって、関税削減は新規企業の参入を促し、より市場を競争的にする効果はあるものの、それによる新規参入の効果は限定的であり、むしろ関税削減前に既に輸入を行っていた既存企業の輸入量を増加させることの効果の方が強かったことになる。図2にあるように、関税は半減しているにも関わらず、新規参入の効果は限定的という結果は興味深い。

次に2点目は、中間財への最適関税をどの程度課すかを考察する際には、1点目で述べた内延と外延の区別が重要になることを意味する。直感的には、関税削減によって、内延だけでなく外延も増加する場合には、関税削減は新規参入による追加的な厚生効果をもたらすことになり、最適関税の特徴づけが変化するためである。本研究では、2点目の理論予測にある各産業の競争度を測るために、主に産業ごとのハーフィンダール指数を用いた。中間財への関税とこれらの競争度の関係を考察した結果、中国の2001年末のWTO加盟後に、中国での集中度が高い産業ほど、中間財への関税は高いことが分かり、1点目と同様に内生的な市場構造の理論予測を支持する結果となった。しかし、関税削減がハーフィンダール指数に影響を与えてしまうという内生性の問題があるため、国有企業のシェアも並行して分析した。国有企業のシェアは関税の影響を受けにくいと考えられるだけでなく、このシェアが高い産業ほど、産業の競争度が低いことが先行研究では知られている。この分析においても、中国の2001年末のWTO加盟後に、中国での国有企業のシェアが高い産業ほど、中間財への関税率は高いことが判明し、2点目の結果は頑健であることが確かめられた。

最後に本研究からの政策的含意を述べる。1点目における貿易の内延と外延を区別することは、貿易自由化によって既存企業か新規企業のどちらが得をするのかを判断するのに重要である。内延のみが反応する場合は貿易費用の低減となる既存企業が主に得をすることになるが、外延も反応する場合は参入する新規企業が主に得をする(得をしなければ新規企業は参入しない)ことになる。また、2点目にあるように、この区別は新規参入による追加的な厚生効果の有無を通じて、中間財への最適関税の議論と密接に関連する。したがって、例えば政府が貿易政策による既存企業と新規企業の間の所得分配に気を配るならば、内延と外延がどのように変化するかを慎重に観察する必要がある。また、大きな関税削減にも関わらず、新規参入を促す効果が限定的であるという事実は、輸入をするための固定費用が関税を含めた可変費用に比べて相対的に大きいことを示す。よって、政府が貿易自由化により、新規参入を促して自由で競争的な市場を達成したいならば、貿易自由化と共に、新規企業の参入障壁を下げるような政策を同時に行う必要もあるだろう。