ノンテクニカルサマリー

卸売業における関税パス・スルー率:日本の企業レベル・データを用いて

執筆者 白 映旻 (早稲田大学)/早川 和伸 (アジア経済研究所)/坪田 建明 (アジア経済研究所)/浦田 秀次郎 (ファカルティフェロー)/山ノ内 健太 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 貿易自由化政策の効果に関する研究:90年代以降の日本に関するミクロデータを用いた分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「貿易自由化政策の効果に関する研究:90年代以降の日本に関するミクロデータを用いた分析」プロジェクト

本論文では、関税パス・スルーに関する分析を行っている。関税パス・スルーとは、関税が変化したときに、価格がどの程度変化するかという程度を表しており、関税低下によって誰がどれだけ得をしているかを知るうえで有益な指標と言える。一般に、貿易にはさまざまな主体が関わっており、生産者、輸出企業から始まり、輸出品は輸入国税関を通過し、卸売業、輸送業、小売業を経由して、各家庭のもとに届けられる。これまでの研究では、輸出入価格に対するパス・スルー率を調べることで輸出企業の関税取り分がどの程度であるか、また消費者価格に対するパス・スルー率を調べることで、消費者がどの程度利益を得ているかが分析されてきたが、それらの中間にいる主体におけるパス・スルー率が調べられたことはなかった。そこで本論文では、卸売業におけるパス・スルー率を調べることで、卸売業がどの程度関税低下から利益を得ているかを調べている。とくに、日本の1990年代後半を中心に、ウルグアイラウンドに伴う最恵国待遇税率の低下を分析対象とする。

卸売業に対する分析結果の前に、そもそも日本を対象に関税パス・スルーを計測した研究がないため、まず貿易価格及び消費者価格に対するパス・スルー率を計測する。輸出企業における関税パス・スルーを調べるために、日本の税関から得られる世界各国からの商品別輸入データを用いて、輸入単価と関税率の関係を調べる。結果として、1%関税が低下すると、平均的に輸入価格は0.49%上昇していることが分かった。また、家計調査から得られる、各商品への総支出額から総購入量を割ることで単価を計算し、その関税率との関係を調べることで、消費者における関税パス・スルー率を計測した。その結果、1%の関税低下が、消費者価格を0.08%低下させていることが分かった。ただし、本分析対象となっている単価には国内で生産、調達された商品も含むため、この数字は過小評価された数字であることに注意されたい。

次に卸売業におけるパス・スルー率を計測するため、卸売企業におけるマージン率と関税率の関係を調べる。流通マージン率は「販売額―調達額」を「販売額」で割ったもので定義されるが、販売量と調達量が同じであれば、販売価格と調達価格の比率で構成されることになる。関税低下が卸売企業のマージン率に与える影響として、卸売企業のタイプによって、3種類のパターンが考えられる。第一に、輸入調達を行っている卸売企業のケースでは、関税が低下すると調達価格が低下する。それに伴って販売価格も低下させるが、調達価格ほどは低下させないと考えられるため、結果として一部関税レント(超過利潤)を得ながら、マージン率を上昇させるであろう。第二に、輸入ではなく、国内の生産者から調達している場合、関税が下がっても、輸入品ではないので、調達価格は変わらない。一方、関税低下により価格が下がった輸入品との競争が激化するため、国内調達をしている卸売企業も販売価格を下げざるを得ないであろう。結果として、このタイプの卸売企業ではマージン率は低下することになる。第三に、国内のその他の卸売企業から調達している場合であり、いわゆる二次卸と言われている企業では、その調達先の卸企業が第一のタイプであれば、同様にマージン率を上げるかもしれないが、第二のタイプから調達していればマージン率は下がるであろう。

日本の商業統計表の個票データを用いて、こうしたマージン率と関税率の関係を実証的に調べた。調達額は企業レベルでのみ入手可能なため、企業・製品レベルではなく、企業レベルのマージン率を分析せざるを得ない。総合商社など、複数の製品を取り扱っている卸売企業や、企業内取引をメインに行っている卸売企業は分析対象から除外した。また、メインの販売先が日本国内市場である卸売企業に絞って分析を行う。そして、メインの調達先に関する情報をもとに、輸入卸売企業、国内卸売企業、二次卸企業に分け、それぞれに対してマージン率と関税率の関係を調べる。二次卸企業が輸入卸売企業、国内卸売企業のどちらから主に調達しているかは識別できないため、両者のケースが混ざった結果が得られるであろう。マージン率のサンプル分布を調べると、およそ0.2程度にピークがあり、これは販売価格が相対価格に比べて25%程度高いことを意味している。データ上、マージン率は0にも1にもなりえるが、両ケースは特殊な取引と考えられるため、分析からは除外した。

実証分析の結果、上述の期待通り、輸入卸売企業では関税率の低下がマージン率を上昇させている一方、国内卸売企業ではマージン率を低下させていた。そしてその両方の特性が混ざっている二次卸企業では、有意な変化が見られなかった。量的には、輸入卸売企業において、1%の関税率低下がマージン率を0.25%ポイント程度上昇させていることが分かった。これは、調達価格に比べた販売価格が0.34%程度上昇することと同等であり、これが卸企業における関税パス・スルー率となる。1%の関税低下が、輸入価格を0.49%上昇させ、消費者価格を0.08%低下させていることを考えると、海外生産者ほどではないが、国内消費者よりも多くの関税レントを卸売企業が得ていることが示唆される。

図:日本において1%の関税低下がもたらす平均的影響
図:日本において1%の関税低下がもたらす平均的影響
注:図のイラストは「いらすとや」の素材を使用