ノンテクニカルサマリー

通貨の経済学-和同開珎から仮想通貨まで

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「市場の質の法と経済学に関するエビデンスベースポリシー研究」プロジェクト

本研究では、商品貨幣の古代システム、紙幣の兌換制と公認制、仮想通貨のシステムを統一的に説明できる貨幣の新しい理論を紹介する。この理論の根底にある重要な要因は、本研究のモデルに組み込まれている金銭への信頼である。貨幣の歴史は貨幣と通貨の信用を構築する取引コストを節約する過程を考えることで示すことができる。理想的なブロックチェーンが構築されれば、現在の金融システムに代わって、中央当局が信用を与える紙幣や預金になるかもしれない。それは、ブロックチェーン型の分散システムが、現在の中央集権型の貨幣システムを維持するために必要な取引コストを十分に節約できるため実現可能である。

1. 貨幣の歴史

歴史的に3種類の貨幣が存在する。「商品貨幣」と「実物通貨」と「台帳通貨」だ。通貨とは、貨幣として使用される商品の物理的な価値から完全に切り離された価値を持つ貨幣と定義される。

「商品貨幣」というのは、コメや絹など、もともとの商品とほぼ同等の貨幣価値を持ち、交換の場でお金として利用されたもののことを指す。金や銀などの貴金属や銅貨なども、「商品貨幣」として利用することができる。

「実物通貨」の例として、紙幣がある。紙幣は物理的なものではあるが、そのもの自身よりも高い価値をもって交換に供される。

「台帳通貨」の代表例は銀行が提供する預金通貨である。銀行のシステムに正しく管理された永久的な記録の帳簿が台帳になる。それが通貨として通用するということである。なお、台帳通貨という言葉は、この研究で導入された新しい用語である。時間の経過とともに、現物貨幣はますます実物貨幣に取って代わられた。この50年間で、台帳通貨の役割はますます大きくなり、今や新しい仮想通貨とういう台帳通貨が導入されるようになった。

時間の経過とともに、金融システムは取引コストを最小化できるような方法で徐々に変化してきた。日本の歴史を見ると、16世紀末の戦国時代まで、絹や米などの実物の物資が貨幣として使われていた。また、当時は実物取引とともに、中国から輸入された銅銭や金貨が貨幣として使用されていた。銅銭も金貨も、通貨というよりは商品の物理的価値を反映する実質的な商品貨幣のように機能した。

2. 新しい貨幣理論

16世紀後半に100年におよぶ戦国時代を終わらせて日本を統一した織田信長と豊臣秀吉とが最初に日本経済に通貨を導入したと考えてもよさそうである。銅銭と金貨の公式な交換レートを設定すると同時に、金の所有や黄金の城や家を建てることで富を示した。本研究では、この信長・秀吉の政策により、自分たちの所有する銅銭を実物価格よりも高い価格で販売することが可能となり、大量の通貨発行が可能となった。本研究では、この歴史的事実を説明するモデルを開発することで、通貨の本質を説明しようとするものである。

このモデルでは、なぜ、紙幣の価格が印刷の限界コストを上回るように設定し、さらに、兌換紙幣と不換紙幣のシステムにおける通貨均衡を説明している。紙幣と台帳通貨の違いは、台帳通貨を生成するための限界コストが紙幣の価格に等しいことである。紙幣と預金通貨のシステムは、取引コストを十分に節約できるため、仮想通貨のシステムに置き換えることができる。

このモデルは、2008年の世界金融危機の原因を説明することもできる。ブロックチェーンの開発者の間では、金融危機をきっかけとして、通常の通貨の不安定性を見て、代替的な通貨を提供するためにブロックチェーンが考案されたと説明されることが少なくない。本研究では、実際、ブロックチェーン技術が高度化すれば、この不安定性は仮想通貨によって対処できる可能性があることを示している。