ノンテクニカルサマリー

メンタルヘルスが労働市場に与える影響:「国民生活基礎調査」の調査票情報を使用した研究

執筆者 乾 友彦 (ファカルティフェロー)/川上 淳之 (東洋大学)/馬 欣欣 (富山大学)/趙(小西)萌 (学習院大学)
研究プロジェクト 医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析」プロジェクト

OECD(2012)のレポートによると、労働人口におけるメンタルヘルス障害の年間有病率がOECD加盟国の平均で20%であり、生涯有病率は50%に達することから労働者の多くがメンタルヘルス障害となる高いリスクを抱えていることを指摘している。またWorld Economic Forum(2011)によるとメンタルヘルス障害による経済的コスト(医療費等の直接のコストに加えて、労働生産性の低下に基づく所得の減少等に基づくコスト)は、2011年~2030年における世界全体の累積で1,630兆ドル(2010年価格)に及ぶものと予測している。このようにメンタルヘルスの問題は、重要な経済社会問題であることへの認識が高まっている。日本は他の主要先進国と比べて長時間労働の割合はかなり高く、労働者のメンタルヘルスへの阻害につながり、長期的に労働供給や、労働生産性を低下させる危惧がある。

本研究は、日本の国民生活基礎調査の豊富なデータを用いてメンタルヘルスが労働供給に与える影響を、メンタルヘルスの内生性の問題を考慮に入れて分析した。この分析の結果、メンタルヘルスの状況が改善すると、男女や年齢、就業形態によってばらつきがあるものの、就業や正規社員となる可能性や労働時間が増加することが判明した。就業の継続や正規社員として就業することが可能となれば、人的資本の蓄積が期待され、将来的には労働生産性の向上が図られる。就業に与える影響の計測結果及び2018年の労働力調査を使用すると、メンタルヘルスのスコア1単位悪化により、下記の図にあるように男性で41万人、女性で41.6万人の就業者数の減少が予測される。

政府による「働き方改革」は長時間労働の解消も企図しているが、長時間労働の解消によりメンタルヘルスの向上がもたらされるならば、就業者数の増加、労働時間の増加に加えて労働生産性の向上も予測される。このことは、経済に大きなプラス要因になることを期待できる。

図:メンタルヘルスのスコアが1ポイント悪化した時に予測される就業者の減少数(及び総就業者に占める減少割合:%):性別、年齢層別
図:メンタルヘルスのスコアが1ポイント悪化した時に予測される就業者の減少数(及び総就業者に占める減少割合:%):性別、年齢層別
参考文献
  • OECD. 2012. Sick on the Job? Myths and Realities about Mental Health and Work, Mental Health and Work, OECD Publishing: Paris.
  • World Economic Forum, 2011. The global economic burden of non-communicable diseases. Harvard School of Public Health, Boston.