執筆者 | 佐藤 清隆 (横浜国立大学)/章 沙娟 (中央大学) |
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研究プロジェクト | 為替レートと国際通貨 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト
為替レートの変化は輸出入に従事する企業に大きな影響を及ぼしうる。為替レートの増価(自国通貨高)は、当該国の輸出企業にとって不利な影響を及ぼすと一般に考えられている。また、為替レートの変動性(ボラティリティ)が大きくなると、将来の為替レートの変化に対する不確実性、あるいは為替リスクが高まることになり、これも当該国の輸出企業に対して負の影響を与えると考えられている。しかし、現在では企業の海外での事業展開が活発化し、国際的な生産ネットワークの中で貿易が行われるようになった。例えばアジアに進出する日本企業は、国際的な生産工程間分業体制をアジア域内の各国に配置し、その生産工程に沿って域内各国間で貿易が行われている。本稿の課題は、こうした国際価値連鎖(Global Value Chain: GVC)の中で、為替レートの変動は企業の輸出にどのような影響を及ぼしているかを分析する点にある。
国際的な価値連鎖(生産工程)に加わると、企業は自らの輸出だけでなく、中間財の輸入も価値連鎖の中で行うことになる。為替レートが輸出にとって不利な方向に変化しても、同じ為替レートの変化は輸入に対しては逆の影響を及ぼすので、為替レートの影響はある程度相殺される可能性がある。また、国際的な価値連鎖が一度構築されると、その連鎖は容易に崩れない。為替レートが大きく変動したとしても、企業はこの価値連鎖(生産工程)に沿って輸出入を継続する可能性がある。
本稿では為替レートのボラティリティが実質輸出にどのような影響を及ぼすのか、そして国際価値連鎖(GVC)に加わることによって為替レートの実質輸出に及ぼす影響にどのような変化が生じるかを実証的に分析している。本稿で用いるデータは企業レベルのデータではなく、OECDが公表する国際産業連関表(Inter-Country Input-Output Table: ICIO Table)である。同国際産業連関表は年次データであるが、世界63か国の製造業16部門を対象としており、相手国別、部門別の投入・産出に関するデータを提供してくれる。分析期間は1995年から2011年であり、被説明変数として二国間の部門別実質輸出、主要な説明変数として二国間の実質為替レートのボラティリティ、そしてGVC参加率(GVC participation rate)という新しい説明変数を構築してパネル推定を行った。
本稿ではベンチマークの推定結果に加えて、さまざまな頑健性テストも行った。図1にはそれら推定結果の中の1つを掲載している。OLS(最小二乗法)とIV(操作変数法)のいずれの推定結果も、実質為替レートのボラティリティが高まれば、実質輸出に負の影響を及ぼすことを示している。なお、実質為替レートは自国通貨の相手国通貨に対するレートとして定義されており、上昇(低下)すると自国通貨の減価(増価)を意味する。実質為替レートの水準が上昇(減価)すると、実質輸出に正の効果があることを図1は示している。
注目すべきはGVC参加率が実質輸出に及ぼす影響である。本稿では二種類のGVC参加率の変数を用いている。 ¹PGVCは当該国がGVCにどの程度参加しているかを示し、 ²PGVCは当該国が相手国と中間財等の輸出入を何度も繰り返している状況を捉える変数として構築されている。つまり²PGVCは当該国がどの程度「深く」GVCに加わっているかを示す変数である。図1によれば、この2つのGVC参加率の係数はいずれも有意に正の値をとっており、GVCに加われば、それだけ実質輸出を増やす効果があることを示している。
本稿で最も重要な結果は実質為替レートのボラティリティとGVC参加率の交差項の推定結果である。どちらのGVC参加率の変数を用いても、実質為替レートのボラティリティとの交差項は有意に正の値となっている。これは、実質為替レートのボラティリティ自体は実質輸出に有意に負の影響を及ぼすが、GVCに参加している場合の実質輸出は実質為替レートのボラティリティの影響を受けにくくなることを示している。言い換えると、実質為替レートのボラティリティが及ぼす負の影響が、GVCに参加することによって軽減されることを示唆している。
この推定結果は、為替レート変動への対処に常に向き合っている企業にとって重要な含意を持つ。例えば日本企業は円の対米ドル名目為替レートの変動によって業績への影響を大きく受けるなど、為替レート変動のリスクをいかに管理するかという課題に常に向き合ってきた。また、アジア諸国の多くは1997年のアジア通貨危機まで自国通貨を事実上、米ドルに固定する為替政策を採用していたが、通貨危機後はより自由な為替レートの変動を許容するようになり、アジア諸国間の為替レートも大きく変動するようになった。現在、アジアでは域内貿易がますます拡大し、生産ネットワークやサプライチェーンが大きく発展している。日本企業もこのアジア域内の生産ネットワークで活発な生産・貿易活動を行っている。こうした国際的な価値連鎖に加わることで為替レート変動の負の影響が軽減されるのであれば、日本とアジア諸国は域内の国際分業を一層発展させることで為替変動のリスクをある程度回避できると解釈することが可能であろう。