ノンテクニカルサマリー

雇用調整助成金の帰結

執筆者 加藤 隆夫 (コルゲート大学)/児玉 直美 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 生産性向上投資研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「生産性向上投資研究」プロジェクト

雇用調整助成金(雇調金)は、景気変動などにより、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、一時的な雇用調整(一時帰休、教育訓練、出向)を実施した際に、その費用の一部を助成される制度である。景気後退期に、失業の増大などの社会不安を緩和するために、第1次オイルショック後の1975年に創設された。このように不況期のワークシェアリングを奨励する補助金は、日本だけでなく、デンマーク、ドイツ、イタリア、フランス等、欧州各国で見られる。外部からの一時的なショックに対し、雇調金による労働保蔵は、人員整理をして、景気回復期に改めて別の労働者を採用、教育訓練するよりは、企業にとっても、労働者にとっても合理的であると同時に雇用の安定が図られるため社会にとっても望ましい。一方で、雇調金は、本来縮小してしかるべき生産性の低い企業、産業のいたずらな延命措置になっているという批判も浴びてきた。仮にそうであるとすると、雇調金の役割は、景気の谷の時期の失業を単に先送りするにとどまり、そのコストに充分見合うのか再考が求められる。

本稿は、傾向スコアマッチングを用いた差分の差法を適用して、雇調金が企業業績に及ぼす中・長期的な影響を計測した。その結果、雇調金の利用は、中・長期的にROAや売上高利益率に正の影響があることが示された。下のグラフは、雇調金受給後のATT(受給企業の「当該年と受給前年のROAの差」から非受給企業の「当該年と受給前年のROAの差」を差し引いたもの)である。受給2年後以降、受給企業のROAの伸びは非受給企業に比べて1.1~1.5%程度高い。そして、そのプラスの利益率は、労働コストを引き上げることなく売上を伸ばすことによってもたらされていることが明らかになった。

このように、雇調金が企業業績にプラスに働くことは、雇調金の解雇抑制効果、それに伴う企業特殊的人的資本の喪失を防ぐ効果、あるいは解雇による職場のモラル低下を抑制する効果、又は、雇調金受給時期の教育訓練が時間差を持って効果が現れることで説明できる。さらには、雇調金の利用は、危機感の共有、つまり会社の危機感を社員と共有し、同僚や企業に対する一体感・コミットメントを強化し、チームワークを高め、企業が進める業績向上のためのさまざまな改革により協力的になるという仮説も考えられる。追加的な分析結果は、この危機感の共有仮説と特に整合的である。

図表:雇調金受給後のATT(受給企業・非受給企業のROAの変化の差)
図表:雇調金受給後のATT(受給企業・非受給企業のROAの変化の差)
注:数値は、受給企業の「当該年と受給前年のROAの差」から非受給企業の「当該年と受給前年のROAの差」を差し引いたものである。2年後以降は、統計的に有意な差がある。