ノンテクニカルサマリー

米中貿易摩擦が日本の多国籍企業に与える影響

執筆者 孫 昶 (香港大学)/陶 志剛 (香港大学)/袁 鴻傑 (香港大学)/張 紅詠 (研究員)
研究プロジェクト 海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「海外市場の不確実性と構造変化が日本企業に与える影響に関する研究」プロジェクト

問題意識

米中貿易摩擦が世界経済に大きな影響を与えている。今年の世界成長見通しが3.3%に下方修正(IMF, 4月9日) に加え、5月の世界貿易予測指数は2010年3月以来9年ぶりの低水準に落ち込んだ(WTO, 5月21日)。外需の低迷で、生産や輸出が落ち込んだことを背景に、国内景気の基調判断が6年2カ月ぶりに「悪化」となった(内閣府, 5月13日)。米中貿易摩擦の日本経済・日本企業への影響に関心が高まっている。

本稿は、グローバルに展開している日本の多国籍企業に注目し、米中貿易摩擦が多国籍企業の在中現地法人(子会社)の活動と国内親会社(上場企業)の株価に与える影響について分析を行った。

在中現地法人の活動への影響

貿易摩擦が在中現地法人に与える影響について、経済産業省「海外現地法人四半期調査」「海外事業活動基本調査」の個票データを用いて差分の差分(DID, difference-in-differences)推定を行った。分析では、まず、海外子会社レベルでの北米貿易依存度(=(北米向けの輸出+北米からの輸入)/売上高))を算出し、在中現地法人を2つの処置群(treatment group):北米貿易依存度の高い子会社と北米貿易依存度の低い子会社に分け、比較の対象となる中国以外のアジアの現地法人を対処群(control group)とした。

図1と図2は、それぞれ、この3つのグループの総売上高と第三国向け売上高の推移を示している。2017年10-12月期の対中制裁措置発表まで総売上高のトレンドが同じように動いていたが、2018年1-3月期以降、北米貿易依存度の高い子会社の総売上高は急激に減少した。図2から分かるように、中国以外のアジアの子会社と比べて、2018年1-3月期以降、北米貿易依存度の高い子会社と低い子会社の第三国向けの売上高ともに減少した。一方、中国以外のアジアの現地法人の第三国向けの売上高は減少していない。

図1:海外現地法人総売上高の推移(2017Q1=0)
図1:海外現地法人総売上高の推移(2017Q1=0)
図2:海外現地法人第三国向け売上高の推移(2017Q1=0)
図2:海外現地法人第三国向け売上高の推移(2017Q1=0)
注:2017年1-3月期の総売上高と第三国向け売上高をゼロに標準化している。垂直線は2018年1-3月期を示している。
出所:経済産業省「海外現地法人四半期調査」「海外事業活動基本調査」の個票データを用いて筆者作成。

回帰分析の結果から、北米貿易依存度の高い在中現地法人は、中国以外のアジアの現地法人と比べて平均的に、総売上高(▲5.3%)と雇用(▲4.2%)が減少し、総売上高の減少は第三国・北米への輸出の激減(▲6.6%)によるものであることが分かった。

上場企業の株価への影響

2018年3月22日、トランプ大統領は中国の不公正な貿易慣行に対処するための対中制裁措置を発表。この予期せぬイベントは金融市場に大きな影響を与えた。3月21日から23日までの間、米中貿易摩擦への関心度が急上昇した一方、ダウ平均株価は ▲4.7%、S&P 500は▲4.5%も急落した。

貿易摩擦の親会社への影響について、日本の上場企業データと株価データを用いてイベントスタディ(Event Study)を行った。分析の結果から、2018年3月22日に、対中制裁措置を発表した直後、海外現地生産の北米貿易依存度の高い企業の株価が急落し、北米貿易している中国現地法人を有する上場企業は他の上場企業と比べて、累積リターン(CRR, cumulative stock returns)が平均約0.4%減少したことが明らかになった。さらに、在中現地法人が日本からの調達が多い場合、親会社の株価への影響はさらに大きい。この結果は、貿易摩擦の影響のグロバール・バリューチェーンを通じた波及効果を示唆している。

政策含意

世界経済が統合される中、米中貿易摩擦が第三国である日本の企業、日系海外現地法人、グローバル・サプライ・チェーンにも負の影響を与えた。貿易摩擦のエスカレートと長期化につれて東アジアのサプライチェーンの再編が余儀なくされている。サプライチェーンの構築、新しい市場への参入には企業が重複な投資をしなければならないし、事業の許認可にもコストかかるため、資源の浪費や配分非効率(ミスアロケーション)をもたらしてしまう。

本稿はデータの制約もあり、分析結果はあくまで2018年第3四半期までのものであり、現時点では、貿易摩擦の激化によりその影響がさらに拡大していると考えられる。