ノンテクニカルサマリー

東アジアにおけるバリューチェーン、為替相場および為替相場制度

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

中国のアメリカに対する貿易黒字が著しい。この貿易黒字が関税合戦と貿易戦争に発展し、北東アジア各国の経済に悪影響を与えている。為替レートを通じた調整の方が管理貿易による調整よりも望ましい可能性がある。しかし、中国の輸出には上流のアジア諸国の付加価値が含まれている。したがって、上流のアジア諸国の為替レートは、人民元とともに中国の輸出に影響を与えている可能性がある。

本稿では、人民元と中国に部品を供給している主要供給国の為替レートが中国の輸出にどのような影響を与えているのかについて考察する。主要供給国には、韓国、台湾、日本が含まれている。この検証の結果、人民元が1パーセント増価すると中国の輸出が1.3パーセント減少し、上流のサプライチェーン各国の通貨が1パーセント増価すると、中国の輸出が2.7パーセント減少することが明らかになった。

人民元とサプライチェーン各国の為替レートの推移を見てみる。図1は、人民元が2012年の第1四半期から2018年の第4四半期までの間に10パーセント増価したことを示している。図1はまた、上流のサプライチェーン各国の為替レート(ssrer)は、2018年の第4四半期と2012年の第1四半期とでは同じ値であったことを示している。同期間中、ssrer の値の55パーセントは台湾と韓国の為替レートに、80パーセントは台湾、韓国、日本およびシンガポールの為替レートに起因していた。2010年から2018年までの台湾の経常収支の黒字は平均して国内総生産(GDP)の12パーセント、韓国の場合は平均5.7パーセント、日本は平均2.5パーセント、シンガポールは平均17パーセントであった。これだけ巨額の黒字があったにもかかわらず、これらの国々の通貨はほとんど増価していない。

中国のエレクトロニクス製品の黒字は2011年以来、年平均3,300億米ドルであり、この数字は中国全体の黒字の半分以上に相当する。本稿ではさらに、中国と上流のアジア諸国の為替レートが中国のエレクトロニクス製品の輸出の価格競争力にどのような影響を与えているのかも検証した。検証の結果、人民元が1パーセント増価すると、中国のエレクトロニクス製品の輸出が1.2パーセント減少し、中国にエレクトロニクス部品を提供している各国の為替レートが1パーセント増価すると、中国のエレクトロニクス製品の輸出が1.4パーセント減少することが明らかになった。この検証結果は、人民元が増価した場合よりも、サプライチェーン各国の為替レートが増価した場合の方が中国の輸出の減少幅が大きくなるという上記の議論に一致する。

韓国、台湾、日本などのアジア各国にとって、通貨高になると難しい状況になるだろう。しかし、同じレベルの関税が課された場合と比べ、通貨の増価による貿易縮小効果はずっと小さい。Bénassy-Quéré, Bussière & Wibaux(2018)は、商品の名称および分類についての統一システムに基づいた6桁の統計品目番号に沿って、110カ国の二国間貿易の流れを調べている。そして、10パーセントの関税によって輸出は1.3パーセント減少し、為替レートが10パーセント増価すると輸出は0.5パーセント減少することを明らかにした。つまり、関税は為替レート増価の三倍も輸出を減らすことになる。この効果は国際弾力性パズルと呼ばれており、Fontagné, Martin & Orefice(2018)、Fitzgerald & Haller(2014)、Ruhl(2008)によっても報告されている。

関税合戦によって引き起こされる貿易の縮小は、貿易戦争と保護主義に伴う不確実性によって増幅される。Bloom(2009)は、不確実性が増すと投資が抑制されることを指摘している。資本形成は、東アジアの最も重要な産業であるエレクトロニクスをはじめとする多くの産業にとって極めて重要である。不確実性は投資の減少を招き、技術フロンティアでのアジア企業の優位性を脅かすことになる。

本稿では、為替レートの増価による貿易縮小幅が関税合戦や貿易戦争によるものと比べて小さいだけでなく、為替レートの増価が消費者の購買力を向上させ、輸入を促すことによって、北東アジア各国の経済に利益をもたらすことも明らかにした。こうした分析結果は、為替レートの増価によってアジアの消費者がアメリカの消費者に取って代わって地域の輸出の需要源になる可能性があることを示している。

東アジアが成長の牽引役としての潜在力を高めるため、同地域の国・地域間で強固な自由貿易協定圏を構築すべきである。韓国がアメリカ製の終末高高度防衛ミサイル(THAAD)を配備した時、中国は自国の団体旅行客が韓国を訪れることを禁止した。また、韓国と日本が徴用工問題で対立した時、日本の財務大臣は韓国製品に関税を課すと牽制した。アジア諸国は保護主義を避け、難しい課題に対処するために別の政策的手段を講じるべきである。

協調して為替レートの引き上げを行うために、アジア各国は暗黙的通貨バスケットにおける米ドルのウェイトを下げる必要がある。本稿は、米ドルが依然として通貨バスケットにおいて大きなウェイトを占めていることを確認した。

Ogawa & Ito(2002)は、アジアのA国の主要貿易相手国が米ドルに重いウェイトを置いた場合、A国も同じ措置を取る可能性があると述べている。この状況は、ナッシュ均衡を生み出す可能性がある。一方、A国の貿易相手国が地域通貨のウェイトを高めた場合、A国も同じように地域通貨のウェイトを高めるのが最適である可能性がある。これもまたナッシュ均衡である。地域通貨のウェイトを高めることにより、ドルに対する為替レートの協調的な引き上げが促進されると考えられる。

アジア各国は、近隣アジア諸国に対する価格競争力の低下を恐れ、対米ドルの為替レート増価を望んでいない。しかし、黒字が続いている中で、これらの国々の通貨に対する増価圧力が生じている。政策当局は、この市場圧力に応じ、アジア諸国での協調的な通貨の引き上げの容認を検討すべきである。また、日本が2パーセントのインフレターゲット重視の姿勢を緩めた場合、円高を実現できる可能性がある。韓国と台湾が保険会社と政府年金基金からの資金流出量を減らした場合、ウォンと新台湾ドルの為替レートが増価する可能性がある。中国が貧困国への高金利融資を減らした場合、人民元の為替レートが増価する可能性がある。しかし、いずれの国も単独で行動すべきではない。政策当局は、日本、韓国、台湾、中国、東南アジア諸国連合(ASEAN)を結びつけている複雑なバリューチェーンの存在を踏まえ、為替レートを地域の問題として捉え、為替レート政策について入念に協議するべきである。政策当局は、自由貿易を保証し、アメリカの財政赤字を減らすことと引き換えに、通貨の対ドルレートを引き上げるプラザ合意のような協定をアメリカに提案することもできる。

東アジアの奇跡的な成長は、アジア諸国が利益率の低いエレクトロニクスなどの産業分野での輸出に成功したことにより実現した。人的資本および物的資本への投資と世界市場での競争による研鑽は、実践的学習と生産性向上に寄与した。為替レートの増価と海外の開かれた市場はそれぞれムチとアメとして機能し、アジア企業における新技術の開発やイノベーションの継続を促進するはずである。

図1:人民元の実質実効為替レートと中国に部品を供給する国々の加重平均為替レート
図1:人民元の実質実効為替レートと中国に部品を供給する国々の加重平均為替レート
注:加重平均為替レートとは、中国への加工処理のための輸入品の9つの主要供給国における実質実効為替レートの加重幾何平均である。
出典:CEICデータベースと著者による計算
参考文献
  • Bénassy-Quéré A, Bussière, M. & Wibaux, P. (2018). Trade and currency weapons. CESifo Working Paper Series 7112.
  • Bloom, N. (2009). The impact of uncertainty shocks. Econometrica 77(3), 623-685.
  • Fitzgerald, D. & Haller, S. (2014). Exporters and shocks: Dissecting the international elasticity Puzzle. University College Dublin School of Economics Working Papers 201408.
  • Fontagné, L.Martin, P., & Orefice, G. (2018). The international elasticity puzzle is worse than you think. Journal of International Economics 115, 115-129.
  • Ogawa, E., & Ito, T. (2002). On the desirability of a regional basket currency arrangement. Journal of the Japanese and International Economies 16, 317-334.
  • Ruhl, K.J. (2008). The International Elasticity Puzzle. New York University Stern School of Business Working Papers 08-30.