ノンテクニカルサマリー

Demand Systemと流動性制約:流動性制約を簡易的に計測するための手法

執筆者 猪瀬 淳也 (三菱総合研究所)
研究プロジェクト 経済主体間の非対称性と経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「経済主体間の非対称性と経済成長」プロジェクト

本稿は、エンゲル係数などで知られる需要分析の分野において、家計がどのような分布を示しているかを分析するための新たな手法を提示するとともに、この分布と流動性制約との関連についても検討を行った。具体的には、総務省統計局全国消費実態調査の調査票情報の独自集計を用いて各家計の総消費額を横軸に、品目群の支出シェア(例えば食料支出シェアなど)を縦軸に設定し、各家計がどのように分布しているのかを定量的に推計した(下図が左からそれぞれ食費、住居費、光熱水道費の例。縦軸は総支出額、横軸は支出シェアを示している)。例えば食費を見てみると、分布が緩やかに右下がりになっていることが分かる。これは総消費額が低くなるほど、食費の消費支出が上昇する傾向にあることを示しているもので、広くエンゲル法則として知られている関係である。この分布の定量的な推計に当たっては、正規分布と比して分布の形状に歪みが見られたことから、歪正規分布(Skew Normal Distribution)を用いて推計を行った。

この結果、全国消費実態調査で設定された10の品目群(食料支出、医療支出等の10品目群)いずれにおいても同一方向の歪みが検出された。ここで品目群に検出された歪みとは、通常の正規分布と比べて総支出額(縦軸)が低くなる方向、品目群の支出シェア(横軸)が高くなる方向の分布の裾が短いという特徴である。この特徴を換言すれば、本来正規分布に従っていると仮定したときよりも、実測値は①消費の少ない人がより少なく、また②特定品目の消費シェアがより小さいという特徴を持つ。特に②の歪みは品目によってその値が大きく変わっており、さらに食費、家具、衣類支出などでは時系列にみて歪みが拡大していることが観測された。ここで①の歪みの原因について考えてみると、例えば生活保護等の支援策によって、正規分布に従ったと仮定した場合よりも低所得の家計が少なくなるように政策が機能しているということが想定できよう。一方②について、こうした品目では、本来もっと支出シェアを高めたいのにも関わらず、他の品目の支出シェアをこれ以上縮小しきれないなどの効果によって支出シェアを拡大しきれていない様子が垣間見える。通常流動性制約は、家計が望むだけの借り入れができないことによって最適な消費計画が実現されないことを指すが、ここでいう最適でない消費計画は、消費総額のみならず消費の内訳にも影響を及ぼしている可能性が示唆される。