執筆者 | 伊藤 寛武 (慶應義塾大学)/葛西 慧子 (慶應義塾大学SFC研究所)/中室 牧子 (慶應義塾大学) |
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研究プロジェクト | 医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析」プロジェクト
発展途上国が抱える教育問題として、"Learning Crisis"(学びの危機)が指摘されて久しい。世界銀行は、開発途上国の子供たちの多くが、成人後の就労に結びつくような質の高い学びの機会を得られていないことに警鐘を鳴らしている (World Bank, 2017(注1))。そもそも就学しない子どもたちが多いという点のみならず、就学期の児童数の増加に対し教員の供給が追いつかないことや、指導力のある教員の養成が難しいことなど指摘されている。このような状況の下、Computer-aided instruction (コンピューター上でのアプリ等を用いた学習支援のこと。以下CAIと呼ぶ)は、習熟度にばらつきのある児童・生徒が、自身のペースで学習することができるため、質の高い教員が不足する地域で「学びの危機」から子供たちを救う処方箋になるのではとの期待が寄せられている。
本研究ではタブレット上での学習アプリを用いたCAIが認知能力・非認知能力などの教育成果に対してどのような因果効果を持つかについて検証を行った。カンボジアの首都・プノンペン近郊の5校の小学校で、国際協力機構(JICA)の委託事業として、民間の教育事業者である花まるラボが開発した"Think!Think!"という教育アプリの効果を明らかにするため、クラスターランダム化比較試験を行った。具体的には、5校4学年40クラス1,500人の生徒たちを、算数の授業中に"Think!Think!"を用いて行う20クラス(これを介入群と呼ぶ)と通常の算数の授業を行う残りの20クラス(これを対照群と呼ぶ)にランダムに分け、3ヵ月後に2つのグループの成果を比較した。
3ヵ月後、"Think!Think!"を用いた20クラスの児童は、算数の学力テストやIQテストで計測された認知能力が統計的に有意に上昇した。この効果は大きく、保護者の学歴など、学力やIQに影響を与えると考えられる様々な要因が同じになるように調整した後でも、"Think!Think!"を用いた20クラスの児童の算数の学力テストの偏差値は5.6~6.7も高く、IQテストの偏差値は7.0も高かった。3ヶ月の介入の前後で介入群と対照群それぞれの学力およびIQの分布がどう変化したかを図で見ることが出来る。これ以外に、介入群では、子どもの大学進学意向も統計的に有意に高くなっていた。
一方で、モチベーションや自尊心などの非認知能力については、介入群と対照群の間で統計的に有意な差はなく、CAIによって非認知能力が改善するというエビデンスは得られなかった。ただし、今回の介入はわずか3ヶ月に過ぎず、非認知能力が変化するかどうかを判断するためには、もっと長期的な介入が必要である可能性がある。