ノンテクニカルサマリー

クラスサイズ縮小の認知能力及び非認知能力への効果

執筆者 伊藤 寛武 (慶應義塾大学)/中室 牧子 (慶應義塾大学)/山口 慎太郎 (東京大学)
研究プロジェクト 医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析」プロジェクト

公立小・中学校における1学級あたりの生徒数(学級規模)は何人程度が望ましいか――学校教員からは学級規模の縮小を求める声は根強いが、その費用対効果を巡って度々財政当局との間で議論となってきた。最近では、2014年秋の財務省の財政制度審議会における問題提起は記憶に新しい。1990年代の後半から、学年の在籍者数が40人を1人でも越えると、生徒を20人と21人の学級に2つにわけるという学級編成の非連続性(これを「マイモニデスの法則」などということもある)に注目して、学級規模が学力に与える因果効果を明らかにしようとした研究は急速に増加したが(Krueger, 1999; Angrist and Lavy, 1999)、中でも日本のデータを用いた研究は結論がわかれており、コンセンサスが得られている状況とは言い難い(Akabayashi and Nakamura, 2014; 妹尾・北條, 2016; 伊藤ほか, 2017)。さらに過去の研究は、学級規模が「学力」に与える効果については検証が行われていても、教育成果として学力と同様に重要である「非認知能力」への効果については十分な検証が行われていないという問題もある。

本研究では、関東の自治体から提供された大規模データを利用して、学級規模が学力及び非認知能力に与える因果的な効果を推定することを試みた。このデータには、自治体内の公立小学校・中学校に通う小学校4年生から中学校3年生ののべ約30万人の児童・生徒を対象にした学力テストの結果と質問紙調査から推計された非認知能力(自制心・勤勉性・自己効力感)などの情報が含まれている。学級規模以外にも、学力や非認知能力に影響を与えると考えられる保護者の社会経済的な要因や、それぞれの学校固有の特徴を取り除いた上で分析を行った結果、学級規模の縮小は学力を上昇させる効果があることが明らかになった(Table 1)。具体的には、1学級あたりの生徒数を10人減らすことで、学力は0.01から0.07標準偏差(SD)上昇する。この効果は、通塾していない児童・生徒に対して大きい。学級規模の縮小が、通塾していない生徒・児童に対してわずかに大きいことは、家庭の経済的な資源が不足している子供たちに対して質の高い教育を提供することの重要性が示唆されるという点で重要である。また、他の先行研究を参考にして、さまざまな定式化による推定を行ったが、結果に定式化の差による大きな違いは見られなかった。学力については小さいながらも効果が認められた一方で、学級規模の縮小は、非認知能力を改善する効果は認められなかった。

一方、本研究も含め、最近の新しいデータを使った研究ほど、学級規模の縮小の効果はないか、あっても小さいことを示している研究が多い(Angrist, et al, 2017など)。ケニアで行われた実験では、ただ単純に学級規模を89人から半分の42人にした学級に割り当てられた児童と、もともとの習熟度に応じて学級規模を半分にした学級に割り当てられた児童では、後者にしか学力上昇の効果がなかったことが示されている。この理由は、後者の習熟度別の少人数学級を担当した教員は、生徒の習熟レベルにあわせた指導をしたのに対し、前者の単純な少人数学級を担当した教員にはそうした指導ができなかったからであると指摘されている(Duflo et al, 2011)。近年は、生徒の習熟度に適した指導―"Teaching at a Right Level"―を行うことが有効であることを示した研究が増加していることとも整合的である(例えばMuralidharan, et al 2019)。こうした一連の研究を踏まえれば、学級規模の縮小単体で大きな効果を発揮するとは考えにくく、他の政策との組み合わせたときの効果などにも目を向けることは重要であり、わが国における学級規模に関する政策論争が、学級規模の縮小に効果があるかないかという議論に終始することのないよう注意していく必要がある。

Table1:クラスサイズ縮小の認知能力・非認知能力への効果
Table1:クラスサイズ縮小の認知能力・非認知能力への効果
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データ単位は生徒。各々のセルは学級規模縮小の効果をwaveごと、もしくは全てのサンプルで推定した値を示している。推定は全て2段階最小二乗法にて行なった。被説明変数には全て学年ごとに平均0分散1にする標準化を行なっている。「***」「**」「*」はそれぞれ、統計的に1%有意、5%有意、10%有意を表す。
参考文献
  • Akabayashi, H., & Nakamura, R. (2014). Can Small Class Policy Close the Gap? An Empirical Analysis of Class Size Effects in Japan. The Japanese Economic Review, 65(3), 253-281.
  • Angrist, J. D., & Lavy, V. (1999). Using Maimonides' rule to estimate the effect of class size on scholastic achievement. The Quarterly journal of economics, 114(2), 533-575.
  • Angrist, J. D., Lavy, V., Leder-Luis, J., & Shany, A. (2017). Maimonides rule redux (No. w23486). National Bureau of Economic Research.
  • Duflo, Esther, Pascaline Dupas, and Michael Kremer. (2011). Peer Effects, Teacher Incentives, and the Impact of Tracking: Evidence from a Randomized Evaluation in Kenya. American Economic Review 101 (5): 1739-74.
  • Krueger, A. B. (1999). Experimental estimates of education production functions. The quarterly journal of economics, 114(2), 497-532.
  • Muralidharan, K., Singh, A., & Ganimian, A. J. (2019). Disrupting education? Experimental evidence on technology-aided instruction in India. American Economic Review, 109(4), 1426-1460.
  • 伊藤大幸, 浜田恵, 村山恭朗, 髙柳伸哉, 野村和代, 明翫光宜, & 辻井正次. (2017). クラスサイズと学業成績および情緒的・行動的問題の因果関係. 教育心理学研究, 65(4), 451-465.
  • 妹尾渉・北條雅一 (2016) . 学級規模の縮小は中学生の学力を向上させるのか: 全国学力・学習状況調査 (きめ細かい調査) の結果を活用した実証分析. 国立教育政策研究所紀要, (145), 119-128.