執筆者 | Willem THORBECKE (上席研究員) |
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研究プロジェクト | East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト
日本はグローバル・バリュー・チェーン(GVC)の川上に位置しており、部品や資本財を川下工程に輸出している。1994年以降、電子部品は4桁コードで示される国際標準産業分類(ISIC)で日本の2番目に主要な輸出品目カテゴリーとなっている。世界金融危機前、日本は世界最大の電子部品輸出国であったが、2017年には台湾と韓国の輸出額がそれぞれ日本の2倍以上に達した(図1)。マイクロプロセッサやフラットパネル・ディスプレイ、集積回路などの電子部品の製造において、日本はどのようにして比較優位を失ってしまったのだろうか。
集積回路とその類似品のコモディティ化が生じ、日本企業は価格面で競争せざるを得ない状況にある。韓国勢や台湾勢との競合に直面した日本は、価格決定力を失いかねない。価格を値上げできなければ、逆風に直面した時、利益率の低下を招く危険性がある。
2007年6月に始まった円高で、日本企業は逆風に直面した(図2)。金融危機で安全とされる資産に資金が流入したため、2007年6月から2012年9月にかけて、円は対米ドルで45%増価した。図2では、この期間、電子部品の生産者物価指数で評価された円建て生産コストに対する電子部品の円建て輸出価格が35%低下したことが示されている。
本稿では、円高が円建て輸出価格の低下要因となり、ひいては、電子部品の輸出額を押し下げる要因になったかどうかについて検証する。為替レートパススルーを推定した結果、円高が進むとその分だけ円建て輸出価格が下落したことが示された。このことは、輸出業者が市場別に価格戦略をとっていたことを意味する。
さらに、本稿は、主要な輸入国に対する日本の輸出データを用いて輸出弾力性を推定し、円高が輸出量の減少要因であったかどうかを検証する。その結果、円高による輸出量の減少はわずかだったことがわかった。このことは、日本企業が円高に直面しても外貨建て輸出価格を維持すると期待されていることを示している。
円高により円建て生産コストに対して円建て輸出価格が低下するため、為替レートの変動は電子部品メーカーの利益率に影響する。本稿では、この問題を検証するため、日本の半導体関連株式の為替レート・エクスポージャーを推定する。
理論的には、株価と将来発生するネットキャッシュフローの予想現在価値は同等であると考えられるため、株価から将来の収益性を予測できる。検証の結果、円高は半導体関連株式の株価を大幅に下落させる要因であることと、新台湾ドル安の進行も同様に半導体関連株式の株価を大きく下落させる要因であることが示された。金融危機の到来で、円高だけでなく、新台湾ドル安も進んだ。そして、円高と新台湾ドル安は共に、日本の電子部品メーカーの利益率を押し下げるマイナス要因となった。
日本企業は金融危機後に利益率の低下に陥り、投資力が減退した。電子部品産業で競争力を維持するには、物的資本と研究開発に巨額の投資が必要である。日本の電子部品メーカーによる投資額は、金融危機後に急激に減少し回復していない。円高による逆風のため、日本の電子部品セクターは長期的な低迷に陥ったのである。
この経験から幾つかの教訓が得られる。第一に、コモディティ化した産業での価格中心の競争には大きな負担がかかる。日本企業は、技術力が評価される製品に注力すべきで、ソニーが生産するイメージセンサーはその一例である。第二に、予想外の逆風により、産業の見通しが急変する可能性がある。不況に備えて好況期に利益を蓄えることが日本企業にとって重要である。不況期には長期的な健全性を重視し、持続的なダメージから逃れることに力を注ぐべきである。