ノンテクニカルサマリー

企業パフォーマンスにおける仕入先、販売先の非対称性

執筆者 藤井 大輔 (リサーチアソシエイト)/齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間」プロジェクト

近年、生産ネットワークの実証研究が盛んになってきたが、企業の仕入先と販売先という二種類の取引関係が企業の業績とどう関係しているか、その違いに着目した研究はなかった。本研究では、東京商工リサーチ(TSR)の大規模な企業間取引の10年にわたるパネルデータを用い、仕入先数と販売先数が企業の売上やその成長率とどう関係しているかを取引関係の非対称性に着目して分析した。TSRデータには各企業の売上、従業員数、設立年、産業コード等の企業属性情報に加え、仕入先及び販売先の情報が収録されており、取引先として挙げられた企業の情報を結合させることで、複雑な取引ネットワークの時系列の変化を分析することができる。本研究では2007年から2016年のデータを使用して解析を行った。TSRデータは取引額(取引関係の質とも言える)を収録していないので、取引先の数に着目した。

シンプルな中間財を使う企業のモデルを考えると、仕入先数、販売先数共に売上や利益に正の影響を与えるが、その経路は異なる。仕入先数の増加は企業の限界費用を下げ(生産性が上がる)、その結果需要弾力性が1より大きければ売上は増加する。一方販売先の増加は生産性は変化させず、売上だけ上昇する。理論的に販売先数の売上に対する弾力性は一定なのに対し、仕入先数の弾力性は規模が大きくなるにつれて上昇する。このような理論インプリケーションをデータを使って検証した。

まずクロスセクションで見た場合、仕入先、販売先数ともに売上と非常に強い正の相関が確認された。成長率で見た場合にも正の相関が確認されたが、標準誤差も大きいものになっている。また仕入先数と販売先数もレベル、成長率共に強い正の相関を示している。

企業の売上を仕入先数、販売先数及び他の変数で回帰分析した結果、いかなる説明変数の組み合わせでも仕入先数の売上に対する弾力性の方が販売先数の弾力性よりも高かった。一番シンプルな仕入先、販売先だけを入れた回帰分析では弾力性はそれぞれ0.87と0.43であり、他の回帰分析でも仕入先数の弾力性は概ね販売先数の弾力性の2倍以上であった。この分析から因果関係は推定できないが、販売先数と比べると仕入先数の方が企業の規模とより強い相関関係を示すことが分かった。また新しい仕入先、及び販売先のシェアが多いほど、企業規模も大きくなることも分かった。こちらも新しい仕入先シェアの方が新しい販売先シェアに比べて強い弾力性を示している。仕入先数と販売先数の交差項の係数も正であり、両者には売上に対して補完性があることも確認された。仕入先数の売上に対する弾力性は企業年齢が上がるにつれて大きくなるが、販売先数の弾力性は企業年齢とともに低下していくことが分かった。若い企業に比べ、老舗企業では仕入先を増やす方が販売先を増やすよりも売上を伸ばす可能性が高いと考えられる。これらの回帰分析に企業の固定効果を入れ、成長率の相関で見た場合にも同じような結果が得られた。これらは全てシンプルなモデルの結果とも整合性がある。仕入先数と販売先数の売上に対する弾力性が企業規模によってどう違うかを見るため、全ての企業をサイズ別に10個のグループに分け、従業員数をコントロールした上で回帰した結果を図にまとめている。このグラフから販売先数の売上に対する弾力性はどの企業規模でもほぼ同じであるのに対し、仕入先数の弾力性は企業規模と共に上昇していくことが分かる。これも理論の結果と一致しており、企業規模が大きいほど仕入先の増加による生産性上昇効果が大きくなると考えられる。

取引先の構築は企業成長における重要なファクターの1つだが、上記の結果から販売先や仕入先とのマッチングに関しては、企業の規模や成熟度合に応じて異なる支援をする必要がありそうだ。具体的には、若く小さい企業には販路拡大を支援し、成熟した比較的規模の大きい企業には新たな仕入先とのマッチングを支援することで取引関係の正の影響を最大化できる可能性がある。小さな企業は生産過程も複雑ではないため、新しい部品やサービスを仕入れるよりも新しい顧客を獲得するほうがメリットは大きいと考えられる。逆に大企業では生産の規模も大きく、かつ複雑なため新しい仕入先からの部品やITサービスなどのソリューションによる効率化のメリットが大きい。企業の取引関係構築を支援する際は、こういった規模や企業年齢の違いを考慮した政策が求められている。

図:売上規模別の売上弾力性
図:売上規模別の売上弾力性
(注)In-degreeは仕入先数、Out-degreeは販売先数。数値は仕入先(販売先)の数が1%大きいと売上が何%大きくなるかを売上規模グループ別にまとめたもの。横軸は企業を売上規模別に10段階にわけたもので、右に行くほど規模が大きい。