ノンテクニカルサマリー

企業間取引ネットワークの構造と形成について:日本の企業レベルデータを使った分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション」プロジェクト

図1は売上高10億以上の日本企業(約8~9万社)の取引ネットワークを、産業別に色分けしてグラフ化したものである。取引ネットワークというと川上・川下というような秩序だった構造をイメージするかもしれないが、実際は図1のように複雑で巨大なネットワークになっている。そして個々の取引関係は形成と解消を繰り返しており、この複雑なネットワークも時間とともに絶えず変化している。それでは企業は何を見て、新しい取引先を選ぶのだろうか? 生産性のような客観的な企業属性であろうか、それとも評判のようなインフォーマルな情報が影響しているのだろうか? 本研究ではこの問いについて分析した。

しかし、ネットワーク形成の分析は一筋縄ではいかない。というのも、ネットワークには、分析を著しく複雑にしてしまう、ネットワーク特有の性質があるからである。ネットワークは定義から、ノード(企業)とノード間のリンク(取引関係)という2つの要素で成り立ち、nノード間に存在しうる最大のリンク数はn×(n-1)である。つまり、例えば10万社の企業を分析対象とするなら、105×(105-1)≈1010という膨大な数のリンクの有無を考えねばならない。そしてさらに厄介なのが、この膨大な数のリンクが互いに独立であるとは限らない点である。例えば、企業は既に人気のある企業、つまり既に多くのリンクを獲得している企業を新たな取引先として選ぶ傾向があるかもしれない。この場合、既にあるリンクが新たなリンクを呼ぶというフィードバックの関係があることになり、それぞれのリンクの有無が独立ではないため、通常の回帰分析では扱えなくなってしまう。このように膨大な数のリンクが互いに影響を及ぼすというネットワーク特有の性質のために、先行研究では小さなネットワークの分析に限られることが多く、マクロ全体をカバーするようなネットワークの分析は難しかった。

そこで、本研究ではSAOM (stochastic agent oriented model)という統計モデルとスーパーコンピューター京を用いた。SAOMの特徴は、企業が取引先を選ぶ際に、企業の属性のみならず、企業の局所的なネットワーク構造をも考慮すると想定する点である。例えば、企業が既に人気のある(リンク数が多い)企業を取引先として選択する場合、SAOMではリンク数という局所的なネットワーク構造の変数が、企業の取引先選択に影響するとしてモデル化している。このように局所的なネットワークの変数を明示的に取り込むことで、SAOMではリンク間の相互依存の関係やフィードバックの効果を取り入れることができる。加えて、本研究ではスパコン京を用いることで計算時間を短縮した。これによって、分析対象とするネットワークのサイズを、日本経済全体をカバーできるほどに大きくすることが可能になった。

この分析の結果、企業の取引先選択において、生産性のような企業属性の説明力は低く、リンク数やネットワーク上の距離というような局所的なネットワーク構造の変数の方が、説明力が高いことが分かった。つまり、企業は新しく取引先を選ぶ際、その取引先自体の企業情報を見るというよりは、リンク数(つまり顧客数)に反映されるような周りからの評価やローカルな情報に依存しながら、取引先を選んでいるということである。このように取引ネットワークそれ自体が重要な情報を持ち、その後のネットワーク形成に再帰的に影響を与えるのである。

本研究では、SAOMとスパコン京を用いて、日本企業の取引ネットワークの形成について分析した。ただし、本研究の分析ではいくつかの限界もある。この分析では、企業の属性は固定されたものとして扱い、その前提でネットワークの形成について分析しているが、実際には逆の関係、つまりネットワークの構造が企業の属性に影響することも十分に考えられる。企業の属性がネットワーク形成に影響すると同時にネットワークも企業の属性に影響するという両方向を同時に考えることは、ネットワークの経済現象における役割を明らかにするためにも重要であり、将来の課題として残されている。

図1:日本企業(約8~9万社)の取引ネットワーク
図1:日本企業(約8~9万社)の取引ネットワーク
一つ一つの点が企業を表し、線が取引関係を表す