ノンテクニカルサマリー

オンラインプラットフォームが所有するデータの価値測定の試み

執筆者 Wendy C.Y. LI (米国経済分析局)/楡井 誠 (ファカルティフェロー)/山名 一史 (神奈川大学)
研究プロジェクト 新技術と経済成長・産業構造に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第四期:2016〜2019年度)
「新技術と経済成長・産業構造に関する研究」プロジェクト

インターネットを利用することによって得られる便益の多くは、検索サービスやソーシャルネットワークサイトに典型的に見られるように、対価を伴わず無償で提供されている。しかし、2018年に大規模なスキャンダルに発展したフェイスブック-ケンブリッジ・アナリティカによるデータ漏洩事件が露呈したのは、一見無償に見えたインターネットサービスの対価として、消費者は自身の貴重な個人データを無防備に譲り渡してきたということだった。インターネットサービスの対価の1つが個人データであるという認識は、経営学者によるオンラインプラットフォーム事業の精力的な分析でも支持されている。例えば、映像配信企業であるネットフリックスが、視聴率の上ではテレビ局の比較にならないにも拘らず、巨額の市場価値を持つと評価されているのは、ネットフリックスが顧客データを獲得する上で構造的優位性を有しているためである。なぜなら、オンライン事業者であるネットフリックスは、顧客の一挙手一投足、いや一検索一クリックにいたるまで記録収集し、その巨大な顧客行動データをAIに分析させることによって、オフラインのマス・メディアをはるかに上回る精緻なマーケティングを可能にしているからである[1]。

このような「データとネットサービスの巨大な物々交換」を目の当たりにして、市場経済は貨幣を介さない新たな交換形態に入ったのだと主張する論者もあるなか[2]、本稿では、この交換を従来のGDP統計の延長線上に捕捉しようと試みる。顧客取引データは、デジタル経済の本源的ストック生産要素として立ち現れつつあり、国民経済計算体系においては、オンラインプラットフォーム事業に必要な無形資産として位置付けることができる。無形資産を測定するためには従来、コストベース(データの取得・構築費用等)、市場価格ベース(企業買収等)、および所得ベース(データの売買等)といった方法が用いられている。しかし、所得ベースの測定のためには基礎となるデータが不足しており、資産市場価格には実勢から乖離する可能性が常につきまとう。また、顧客データがほとんど無償で提供されており、データストレージ価格も下落していることから、コストベースの方法ではデータの価値が過小推計される可能性がある。そこで本稿では、データを活用したビジネスモデルを構築するために必要な組織資本ストックを計測することにより、データの価値を測定する手法を提案する。

ここでは組織資本を「生産活動により形成され企業組織に体化された無形資本」[3]と定義し、その収益は企業に帰属するものとする。このような組織資本を実際に測定するため、財務表上の「販売費及び一般管理費」を組織資本投資の代理変数とみなすことが提唱され[4]、通常の企業データを用いて定量的に分析する道が開かれた。この手法によって測定された組織資本は、企業収益率に対する一定の説明力を有しているなど[5]、有効な指標であることが確認されつつある。本稿ではこの手法に則りながら、研究開発資本の測定に用いられる手法を援用することで減耗率を推計し、組織資本測定の改善を図った。結果を次の表にまとめる。

表

本稿の手法によって測定された組織資本は、データの経済的価値を大きな要素として含むものの、その価値は個別企業のビジネスモデルに大きく依存している点に注意する必要がある。論文中においては企業ケースごとに付加価値創造のデータバリューチェーンを検討し、データ自体の価値をビジネスモデルから引き離して測定することの困難を論じた。しかしビジネス類型によっては、データバリューチェーンの垂直統合が弱く、所得ベースや市場価格ベースでの測定が可能であるかもしれない。

本稿で用いた組織資本概念はアローの学習効果にまで遡り、生産活動の副産物という色合いが濃い[6,7]。しかし、取引データはそれを顧客が譲り渡すことに同意する必要がある点で、通常の組織内ノウハウとは異なっている。それではなぜ顧客はデータ提供の対価を得ていないのだろうか。この問題について本稿では、無形資産としてのデータの価値が、個々の取引記録をデータセットとして集積することで得られる統計的規則性に由来するためであると論じる。個々の取引記録は、それ自体では統計的規則性を示しえないために無価値であるが、集積することで初めて価値を持つ。その意味で、取引記録はネットワーク外部性を有している。したがってデータの経済的価値は、このネットワーク外部性がオンラインプラットフォームによって内部化されることによって生じていると考えることができる。この考え方は、データを活用した産業に関する政策の規範的な分析に1つの視座を与えるものである。

参考文献
  • [1] Michael D. Smith and Rahul Telang. Streaming, Sharing, Stealing. MIT Press, 2017.
  • [2] Victor Mayer-Schönberger and Thomas Ramge. Reinventing Capitalism in the Age of Big Data. Basic Books, 2018.
  • [3] Andrew Atkeson and Patrick J. Kehoe. Modeling and Measuring Organization Capital. Journal of Political Economy, 113(5):1026-1053, 2005.
  • [4] Baruch Lev and Suresh Radhakrishnan. The Valuation of Organization Capital. Measuring Capital in the New Economy, Corrado, Haltiwanger, and Sichel eds., University of Chicago Press, 2005.
  • [5] Andrea L. Eisfeldt and Dimitris Papanikolaou. Organization Capital and the Cross-Section of Expected Returns. Journal of Finance, 68(4):1365-1406, 2013.
  • [6] Kenneth J. Arrow. The Economic Implications of Learning by Doing. Review of Economic Studies, 29(3):155-173, 1962.
  • [7] Hal Varian. Artificial Intelligence, Economics, and Industrial Organization, NBER Working Paper, No. 24839, 2018.